白蓮




 初めは、単なる思い付きだった。


 本当に何となく、何気なく、何の気も無しだったんだ。
 ……いや、いくら言い繕っても仕方ないか。
 誘導したことを認めよう。
 ああ、そうさ。俺は、わかってて言ったとも。
 何故かって……?


 それは――――。








 長い冬が終わってすぐの、春の日差しが優しい休日の夕刻。
 いつもの不思議探索と言う名の散歩を終えた俺たちSOS団の全員は、行きつけの喫茶店にて休息を取っていた。
「うーん、今日も何も見つからなかったわねぇ。実につまらないわ」
 不満げな顔付きで行ったのはSOS団団長、凉宮ハルヒ。
 どんな事態が起こっても対応できるような服装で気合十分だったのに、何も起こらなかったため、かなり不満があるようだ。
 その右隣に座る清楚で可憐な服装を着こなす朝比奈さんはしきりに頷いている。
 朝比奈さん、ハルヒに同意なんてしなくていいんですよ? 調子に乗りますからね?
 アイコンタクトで伝わるかと思ったが、朝比奈さんはこちらを見てもくれなかった。
 うう、切ねえ。
「不思議なものも、早々尻尾を出さないというわけですね。気長に行きましょう」
 スマイル零円、嫌味なまでに完璧な嫌味無き笑顔でSOS団の副団長にして超能力者の古泉が発言した。
 カジュアルな服装で、実に嫌味に格好良く決めてやがる。色々な意味で平凡な俺を挑発しているのか。……あまり目立たないが、こいつイケメンだしな。
 さりげない調子でハルヒが暴走するのを防ごうとする辺り、こいつがやっぱり一番『凉宮ハルヒの監視』という本職をしっかりこなしている気がする。
 それが本職なのかどうかは知らんけど。
「…………」
 ハルヒに対して何のモーションも牽制もかけないのが、この最近は本当にハルヒの監視をしているのが甚だしく疑問な宇宙人製の対人間用のヒューマノイド・インターフェース、長門有希。
 いつも通り北高のセーラー服で、いつも通りに文庫本を取り出して読み耽っている。
 色々あって、俺はこいつに頭も上がらないし、山ほど貸しがある。
 卒業までにその貸しを全部返せるのか……最近は不安なんだがな。
 さて――――、
 俺は色々な意味で濃いSOS団の団員たちを見回しながら、ふと思った。
 そういえば…………。
「さて、と! じゃあ今日はこれで解散ね! 明日も探索をするわよ! 九時に集合!」
 突然ハルヒが元気良く声をあげ、伝票を俺に押し付けて早足で店の外に出て行ってしまった。
 っていうか、俺が払うのがあたかも当然のような行動の素早さだったな、ハルヒよ。
 後に残された四人も、席から立ち上がってカウンターに向かって歩き出す。
「それでは、お願いしますね」
「ごめんねキョンくん。いつも奢ってもらちゃって……」
 いえいえ、いいんですよ、朝比奈さんは。
 古泉はたまには自分で払うような気概を見せたらどうなんだ。
 そう言ったら、古泉は堪えた様子もなく、軽く肩を竦めただけで誤魔化しやがった。
 くそっ。
「…………」
「長門、お前は財布を出さなくていいから」
 俺が溜息交じりに言うと、長門は財布を取り出そうとしていた手を下ろしたようだ。
 全く、長門は律儀なんだから……。
「あれ、ちょっと待ってください」
 何だ古泉。
「今、何で長門さんが財布を取り出そうとしていることがわかったんです? 見てなかったでしょう?」
 …………え、あ、そういえばそうだな?
 俺は長門に背を向けていた。つまり、長門が何をしていたかなど、見えてはいなかった。しかし、俺は長門の行動がわかっていた。
「……そういえば、そうだな……いや、まあ、何となく、長門がそうしてるような気がしたからな」
 苦しい言い分だ。
 古泉は微妙な笑みを浮かべ、朝比奈さんは苦笑している。
 何だよ。何なんですか。二人とも。
「「いえ、何でもありません」」
 ハモりやがった。
 くそ。何かからかわれている気がする。
 しかし何も言えなかったので、俺は黙ったまま会計を済ませた。








「それではまた明日お会いしましょう」
「じゃあね、キョンくん」
 古泉と朝比奈さんは店から出るなり、そそくさと帰っていってしまった。
 後には俺が独りぽつんと残される。
 長門はもうとっくに帰って――――。
「…………」
 無かった。
 俺の背後に霊の如く気配を消して立っている。
 さすがにちょっと心臓に悪いぞ。気配が無いと。
「長門。今日はお疲れ」
 頷く長門。
「また明日もか……じゃあ、明日な」
 頷く長門。
 俺はそれを見届けて、帰路への第一歩を踏み出し、
「あ、そうだ」
 踏み出した足を元に戻し、俺は先程気になったことを長門に言うことにした。
「なあ、長門。お前、そのセーラー以外の服は持ってるのか?」
「…………なぜ?」
 何故、そんなことを訊くのかと問いたいんだろう。
 短い言葉に込められた意味がわかった俺は、正直に理由を言った。
「いや、さっき他の奴らを見てて思ったんだが、あいつらは時々服装が変わるのに、お前はいつもセーラーだからさ。ひょっとして、服を持ってないのかと思ったんだ」
 まあ、俺が気にするようなことでもないんだが。
 単純な好奇心って奴だ。他意はない。
 理由を聴いた長門は納得したかのように頷き、それから口を開いた。
「服を持っていないわけではない。ただ、この服が一番手軽で、いちいち着替える必要も無いため、SOS団の合宿など、特殊なケースを除き、ほとんどの場合はこの服を着るようにしている」
「……着替えたりしてないのか? 風呂とかは?」
「情報制御によって、清潔な身体と服は維持出来る」
 成る程。忘れちゃいけねえが、こいつは宇宙人製のヒューマノイド・インターフェースなんだった。
 一番こいつが超常的な能力を気軽に使っているような気がするな。
 古泉は閉鎖空間の中限定、朝比奈さんは上の許可がないと使えないもんな。
 それはともかく。
「……お洒落とかに興味はないのか?」
「その概念は感得していない。強いて必要であるとも思えない」
 まあ、確かに普通に生きていく上では必要ないかもしれないけどな。
 いや、しかし普通の女子高生としてはどうなんだ?それは。
 長門は確かに普通じゃないけど、そうなのだけど。


「……長門には、白いワンピースとか似合いそうだよな」


 俺は思ったままのことを呟いた。
 純粋と言うか、清廉潔白というのか、長門のイメージは白だと思う。まあ、他の色が似合わないってわけじゃないけどな。
 むしろ、長門ならどんな色でも服でも似合いそうだが……いかん。バカップルの惚気みたいになっている。
「と、とにかくまた明日な!」
 急に恥ずかしくなって、俺は長門に手を挙げて別れを告げ、早足でその場から逃げ出した。
 だから、後に残った長門がどんな表情をしていたのか俺は知らない。








 ――――そう。この時、俺は予感があった。
 きっとそうなるだろう、という予感が。








 次の日。
 俺はいつものSOS団の集合場所に向かっていた。
 ちなみに現在の時刻は八時過ぎ。
 俺は集合場所への道のりを、自転車で快走していた。
 集合時間には早すぎるんじゃないかって? 確かに、幾らなんでも集合時間一時間前じゃあ早すぎるだろう。
 しかし俺はどうしても早く行ってみたいわけがあった。
 理由っていうか予感だけどな。
 それは。




 いつもの集合場所が見えてきた。
 まだ、誰もいないはずだ。大体にして、集合時間の一時間前に来る奴なんて入るわけがない。
 しかし、やっぱりと言うか、そいつはそこに立っていた。
 いつもの無感動な無表情で、不動の態勢で、いつも通りにそこに立っていた。
「…………よう、長門」
 絶対に来てると思ったぜ。長門に時間的な制約なんてないからな。
 なにせ、三年もの長い間、あの部屋で待機出来ていたような奴だ。それに比べれば、一時間程度、瞬く間のようなものだろう。
 さて、それはともかく。
「…………」
「…………」
 俺は沈黙する長門と同じように沈黙し、俺の予感が間違っていなかったことを再確認した。
 それは、まさに白い蓮の花。


―――長門は、白いワンピースを着ていた。


 これはひょっとしなくても、昨日の俺の希望というか呟きを受けての服装なのだろう。
 俺の思ったとおり、長門に白いワンピースは破滅的なまでに似合っていた。
 さりげなく肩にかけた白い小さなポーチも、服装に合わせたらしく白色。
 その様は深窓の美少女とでも称するべきか。
 清楚で可憐な雰囲気が滲み出て、朝比奈さんに劣らない可憐さだ。長門のこんな姿は珍しいというそのポイントを加えれば勝っているかもしれない。
 俺は暫し、その長門に見惚れていた。
 その間、長門はじっと俺を見返していて、端から見れば変な光景だったかもしれない。
 それにしても。
「長門、白いワンピースなんて持ってたのか?」
 普通の服は持っていると言う話だったが、都合よく白いワンピースがあったのは出来すぎだ。まあ、長門なら何でもありな気もするが。
 俺の疑問に、長門は単純明快に答えてくれた。
「昨日購入した」
 おいおい。昨日俺に言われてから購入したのかよ。
 それは、何と言うか……嬉しいんだが、悪い気もするな。
「わたしがしたことであなたが罪悪感を感じる必要は無い」
 長門はあっさりと言い切った。
 まあ、確かにそれはそうなんだが。




「…………長門」
「なに?」
 これだけは、言っておかないといけないだろう。


「似合ってるぞ」


 長門は「そう」といつもの調子で呟いただけだったけど。
 何処と無く喜んでいるような気がしたのは、気のせいではないだろう。
「そうだ、長門」
 俺が呼びかけると、長門は無言でこちらを見返してきた。
「今日の午前中の組み分けだが――――俺とお前の組み合わせにしてくれないか?」
「…………」
 長門は少しの間、沈黙を返してきた。
 理由を問われるかと思ったが、長門は小さく頷いただけで、理由を問うてくることは無かった。
 …………まあ、理由なんて凄く下らないことなんだけどな。




 少しの間だけ、この長門を独占したかったのだ。
 …………こんな理由、口には出せないな。
 色々な意味で。








『白蓮』終


補足
 この小説は、かつて『空之彼方』というサイトで受けたキリ番リクエストで書いた小説です。
 題名:『白蓮』・ヒット:55000・ゲッター:ユウ様


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