eating and eating




 大概どんなところでもそうだろうが、駅前には結構色んな店が集まっていて、賑やかなものだ。それは、いつもSOS団が不思議探索の時に集合場所として使っている駅前も例外では無い。そして往々にしてそういう場所では店の移り変わりが激しい場所があり、そういう場所は長くて半年、短くて一ヶ月程度で店が入れ替わる。
「中華料理店?」
 俺がハルヒに手渡されたチラシには、でかでかと『開店記念!』とロゴが入っていて、いかにも新店舗、という感じの真新しい建物の写真が大きく載せられていた。
 そのチラシを手渡したハルヒは、堂々と胸を張って言う。
「そうよ。最近出来たお店なんだけどね。今日のお昼はそこに行ってみましょう」
 おいおいちょっと待てよ。
 いくら俺が寛大な精神の持ち主とはいえ―――(自己自慢じゃないぞ。ハルヒの行動に付き合っているうちに、俺はかなり寛大な精神を手に入れた、いや、入れてしまったと断言出来る)―――こんな高そうな店の御代なんて払えるか。
「だいじょーぶ! よくそのチラシを見なさい。開店記念で、二千円払えば食べ放題なのよ!」
 一人二千円だとして…………一万円じゃねえか!
 確かに普通に頼むよりかは安いだろう。ハルヒと長門がいる時点で普通に払ってたら三万とか、五万とかいきそうだし。
 くそう。散財も散財だ。暫く何も買えやしねえ。
 少しブルーになっている俺のことなどハルヒが気にかけるわけもなく、相変わらずのテンションのまま、
「今日は中華料理を食べまくるわよ!」
 と、手を高々と差し上げて宣言している。
 ああ、憎らしい。憎らしいったら憎らしい。








 しかし開店記念などやっている店は大概が大入り満員で、待っているうちにハルヒの気が変わるんじゃないかと期待していたんだが、これが意外なことに、少し待っただけで店内に滑り込むことが出来た。五人という中途半端な人数が逆に幸いしたらしい。
 珍しいこともあるものだと思っていたら、ハルヒが料理を取りに行った後、古泉が簡単にその意味を説明してくれた。頼んでもいねえのに。
「凉宮さんはとても常識的な方です。さすがに来てすぐ店内に入れるとは思っていなかったようですね。けど、彼女の深層意識はこう望んだのです。『少し待つだけで店内に入りたい』と、ね」
 なるほどな。こんな下らないところでとんでもパワーが炸裂したってわけか…………。
 ん? だがちょっと待て古泉。それっておかしくないか? すぐ入れないってわかっていたら、かなり待つことになるのもわかっているもんじゃないか? 実際、俺はかなり待つことになるのだと思っていたぞ。常識的に考えて、そんな簡単に入れるわけないんだからな。
 俺がそういうと、古泉は少し驚いたような表情になって、
「意外ですね。あなたがそこに気付くとは」
 馬鹿にしてるのか。
「いえいえとんでもない。確かに、一般的にはそう考えるのが普通でしょう。けど、考えるのは凉宮さんですから。彼女はこういう場所に来ても、少し待つだけで入れると考えているのかもしれません」
 そうか? 俺としてはお前ら機関の差し金じゃないかと疑ってるんだがな?
 あのチラシを見せられたのは午前中に集まった時だ。お前の所属する機関とやらなら、昼間での時間を使えば、十分小細工する時間があったんじゃないか?
 長い時間、順番待ちをする…………ストレスが一番溜まりやすそうな状況だろ? 特にハルヒにとっては。そう考えたら、機関が小細工する理由としては十分だろ。
 古泉はますます意外そうな顔をして、
「…………参りました。本日の貴方は本当に冴えてますね。わざわざ機関が動いたことを言うことはないかと思って嘘を吐きましたが…………すいません。あなたを侮っていたようです」
 …………。
 俺が少し黙っていると、意外な奴が話しに割り込んできた。
「古泉一樹。あなたの言葉はまだ真実に辿り着いていない」
 そう、今日、今まで一言も発しなかった長門だ。
 いつの間にか山ほどの料理を積んだ皿を持って来ている。
 ちなみに、ハルヒとそれに連れていかれた朝比奈さんはまだ料理選びの最中だ。
 長門は一定のペースで料理を口に運びながら、言葉を続ける。
「機関がこの件に干渉して来たのは紛れもない事実。それは本当。けど、その事実を彼に言わなかった理由は他にある」
 山ほどあった料理が、みるみる内に減っていく。
 …………下の方、混ざってないか?
「古泉一樹、あなたは彼に虚偽の事実を教示をすることにより、自分が真実を握っているという優越感を噛み締めようと画策した。害が無いため放っておこうと思っていたが、彼にそこまで真実を見破られたのだから、全ての真実を曝け出すのが正当」
 そこで長門は食べる手を止め、(もう料理が無くなったからだ)
「その意味でも彼を騙したことに、あなたは彼に謝罪するべき」
 そう言って、古泉を睨むように見た。
「…………」
 長門に視線を向けられた古泉は黙っている。
 別に嘘でも自慢でもなく、実のところ、俺は古泉の嘘に気付いていた。
 長門や朝比奈さんのように特別な背後関係を持っている奴らになら、古泉が『機関は動かなかった』と言った理由も納得出来るが、俺には背後に何もいない。
 そんな俺に機関が動いたと言っても、動かなかったといっても、大した差は無いだろう。勿論、俺の口から長門や朝比奈さんに伝わる可能性もあるのだから、それを警戒して黙っていたのかもしれないとも思ったので、さっき少し黙ったのだ。
 まあ、こんな程度のことで機関が動いたことが、長門や朝比奈さんに知られてまずいことになるはずがない、とも思ったがな。
 まあ、ややこしいことは無視しよう。
 とりあえず、暫く沈黙していた古泉はどうやら長門が言った理由で俺に真実を黙っていたらしく、俺に向かって苦笑しながら頭を下げた。
「いや、すいません。僕もたまには楽しまないと参ってしまいますので。ですが、こんなことで楽しむなど、人にあるまじき行為でしたね。反省します」
 いや、別にいいけどな。お前の苦労もそれなりにはわかっているつもりだ。
 俺が許すと、それを見届けた長門は満足したのか、また料理を取りにいこうと立ち上がった。
 いくら食い放題だからって、あまり食いすぎてやるなよ?開店早々閉店に追い込まれたら店の人が可哀相だ。
 俺が苦笑交じりにそう言うと、長門はいつもの冷静な瞳で俺を見た。
「店舗を閉店させれるほどには、食べられない」
 そこまで大食いじゃないと言いたいらしい。
 …………なんつーか、すまん。失礼だった。
 ん?
「あ、長門。ちょっと待て」
 料理を取りに行きかけた長門を呼び止め、俺は机の上のナプキンを手に取り、長門に近付いた。
「長門。頬にソースが付いてるぞ」
 そう言ってナプキンを差し出す。
 長門はそれを受け取り、適当なところを拭く。だが、ソースが付いていない場所を拭いている。
「もうちょっと右で下だ…………ああ、お前から見てだとそうじゃなかった。左だ、左」
 凄いスペックを持っている筈のヒューマノイド・インターフェースである長門だが、中々頬に付いたソースが拭けない。
「ああ、仕方ねえな。貸してみろ」
 長門からナプキンを受け取り直し、頬に付いたソースを拭ってやる。
「よし。これでいいぞ」
「…………ありがとう」
 そう呟く長門。
「あの、申し訳ありませんが二人とも」
 何だ古泉。何となくいい感じだったのに。
 古泉は少し困ったような顔をしている。どうした古泉。
「仲がよろしいのは結構なのですが、注目されてますよ?」
 古泉の言葉に周りを見ると、確かに注目を浴びている。中には明らかに微笑ましいものをみる目で笑っている奴もいた。
 …………いや、これは正直恥ずいぞ。
「凉宮さんに見られてなくて幸いでした。『不純交際禁止!』と言ってあなたを蹴り飛ばす光景が目に浮かびます」
 だろうな。
 それだけは良かった。
「ナプキンで拭いたのだからそれで済むでしょうが。それが本当の恋人みたいに直接唇で舐め取った、とかなら、もう想像することすら困難な状況に…………」
 楽しそうだな、古泉。人の不幸を喜び過ぎだろお前。
「実際にあなたがそんなことをするわけ無いですし、妄想のお話ですよ」
 料理を適度に取りながら、古泉はそんなことを言う。
「やっぱお前はむかつく奴だな」
 俺も料理を取り、席に戻る。
 席ではすでに、ハルヒと長門が山の料理を切り崩すことに終始しており、朝比奈さんは彼女にとっては明らかに多い料理が載せられた皿を前に困っている。恐らく調子に乗ったハルヒに色々入れられたのだろう。過食して倒れなければいいけど。
 そんなことを考えながら食べ始めた俺と古泉の前で、ハルヒは上機嫌だった。
「意外に美味しいわね。食べ放題なんていうから、てっきり少しは味が落ちているものだと思ってたのに」
 客寄せのためにしてることなのに、そこで味が落ちちゃ意味無いだろ。
「わかってるわよ。でも、こんなに美味しいんだから、沢山食べないと損よね。皆、じゃんじゃん食べなさい! キョンの奢りだし!」
 散財のことを思い出させるなよ…………。
 だがまあ、沢山食べないと損っていうことには同意だ。
 金を出すんだから、俺もなるべく食べとかないとな。
 一皿分を食い終えた俺は、立ち上がってもう一度料理を取りにいく。
 すると、長門が付いて来た。
 まさかもうあの皿の料理を食べ終わったのか? さっきは『店を閉店に追い込むほど食えない』と言っていたが、実はそうでもないんじゃないか…………そう思ったが口には出さなかった。
「どうした、長門?」
「頬」
 そう言って長門は俺の顔を指差している。
 あ、まさかさっきの長門みたいにソースが付いているのか?
 慌てて手で拭ったが、外しているのかソースは手についていなかった。
「どの辺りだ?長門」
「かがんで」
 そういう長門の手にはナプキンが。
 さっきの俺みたいに拭いてくれるんだろう。…………正直恥ずかしいが、断るのも何だ。
「んじゃ、頼む」
 さっさと済ませてくれるよう、俺はかがんで長門が指し示した方の頬を長門に向けた。
 つーか、別に屈まなくてもいいんじゃないか? 確かに長門は俺より小柄だが、手を伸ばせば届くし。
 一瞬そう思ったが、すでに屈んでしまったものを戻すのもどうかと思ったので、そのままで待っていると、


―――明らかにナプキンとは違う感触の物が、俺の頬に触れた。


 触れた物が何なのか、一瞬の後に理解した俺は硬直する。
 は?
 周囲の席からは口笛の音まで聞えてきた。
 は?
 等の長門はさっさと料理の方へ向かってしまっている。途中、ゴミ箱にナプキンを捨てていった。ナプキンを持ってたのはそのためか。
 って、ちょっと待て。
 今のは…………。
「キョン」
 とてつもなく不機嫌の低い声が、背後から俺に投げかけられた。
 思わず身を竦めながら背後を振り返ると、そこには予想通り、俺を半笑いの顔で睨んでいるハルヒの姿が。
「いや、ちょっと待てハルヒ。あれは別に俺が頼んだわけじゃ…………」
「言い訳無用っ!」
 一歩。
 二歩。
 三歩目でハルヒは大きく舞い上がり、
「不純交際禁止――――――ッ!!!!」
 全力が込められたドロップキックが俺の側頭部に炸裂した。
 ああ、コンピ研の部長はこんな衝撃を喰らったんだなあ、などとどうでもいいことを考える俺の思考は、一瞬で暗転した。




 なお、ハルヒのキックにより吹き飛んだ俺は、色々なものを破壊しながら倒れ、その弁償で出費が三万くらいになった。
 …………泣きてえ。


 まあ、『あれ』で十分見返りはあったと言えるが。








『eating and eating』終


補足
 この小説は、かつて『空之彼方』というサイトで受けたキリ番リクエストで書いた小説です。

・題名:『eating and eating』
・ヒット:50000
・ゲッター:てる様


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