突然だが。
俺たちSOS団はとある山にやって来ていた。
え? 何故かって?
俺に訊くなよ。ハルヒの思考トレースは出来るかもしれねえが、やりたくもねえ。
わかるのは、いつものように、ハルヒが唐突にハイキングをしようと思い立ったから来ているっていうことくらいか。
てか、山なんて毎朝毎朝学校に行くときに昇ってるんだから、わざわざ休日を使ってまで昇らなくてもいいと思う。
しかも何を考えているのか、ハルヒは、
「当日は全員手作り弁当を作ってくること! そんでもって皆で交換して食べましょう! ネタとして変な味のする食材で作ってもオーケーよ!」
などと言い出しやがった。女三人はともかく、男の手作り弁当なんて作っても面白いもんじゃねえだろうに……。
意外にも古泉は乗り気だったけどな。
仕方なく俺も適当な食材を詰め込んでは来たが…………至って普通の弁当だ。
何の捻りもネタも無い。あるわきゃねーだろ。
俺自身が作るのは億劫以外の何者でもなかったが、しかし俺はこのイベントを結構楽しみにしてたんだ。
何せ、朝比奈さんや長門の手作り弁当が食えるのかもしれんのだからな。
手料理自体は以前食ったことはあるが、今回は違う。手作りの弁当を独占出来るのかもしれんのだぜ?
こりゃ、楽しみにするしかないだろう?
さて、俺たちが今から昇ろうとしている山は以前登った鶴屋さんちの裏山じゃない。ちゃんとした山…………というか、よく小学校でも中学校でも、高校でさえ、学校行事で登るような有名な山だ。この辺では、の話だが。
名前の一部が某球団の団歌に使われているくらいだからな。
有名だからこそ、ハイキングコースもちゃんと整備されているし、ところどころに休憩ポイントもある。そのハイキングコースを登ればいいのに、ハルヒは。
「そんな普通のところを通って何が楽しいのよ! 裏道を行くわよ!」
なんと道無き道を登ると言い出しやがった。
そこはある高校が訓練とやらに使う道で…………何というか、もはや獣道に近いレベルだ。
しかしハルヒよ、一体どっから他所の高校の情報を盗って来たんだ?
「あんた知ってる? 学校のセキュリティって、意外に簡単に潜り抜けられるのよ?」
なんて犯罪めいた台詞が聞えたような気がしたが気のせいだ。
気のせいだと思おう。
―――早朝十時にいつもの場所に集合した俺たちは、電車を乗り継ぎ、少し歩いて山の麓までやって来た。
初っ端から鬱蒼と草が生えていて、注意してみないと路だと分からないような路だったことや、途中明らかに落ちたら死ぬなという急斜面の横を通ったり、蜂に襲われそうになったり、イノシシに遭遇したりと、山中何度か死にかけたが、全部割愛。
一々話してたらキリが無いし、そもそも今回のメインはそちらじゃない。
今回のメインはあくまでも山頂でのお弁当タイムだからな。
何とか五体満足で山頂まで辿り着いた俺たちだが、ハルヒと長門以外の三名はすでに疲労感満点だった。
毎年あんなコースを登っているという高校が信じられん…………俺たちは学校が山の上にあるから、体力には結構自信があったのだが、バテバテだ。
朝比奈さんなんてすでに半死人状態だった。
この場で表情一つ変えてないのは長門くらいのもので、ハルヒは登るほどに笑顔が輝きを増していた。
そんなに山登りは楽しかったのか? 確かに時たま見えた景色は綺麗だったけどよ。
何でこいつは疲労してないんだ。
ハルヒ以外に神様がいるならば、その神様は能力の配分を絶対間違ってるぜ。断言してもいい。
「さあ! じゃあお弁当タイムに入りましょうか!」
そういってハルヒはあみだくじを取り出した。どうやらそれで誰が誰のものを食べるか決めるらしい。
「じゃあみくるちゃんからどんどんやっていきましょう。適当なところに名前書いて」
そういって朝比奈さんにペンを手渡すハルヒ。
朝比奈さんがどこに書こうか迷っているのを見ながら、俺は朝比奈さんか長門の弁当が当たりますようにと願をかける。
古泉は論外だし、ハルヒは何を弁当に仕掛けているかわからないからだ。
あみだくじに全員が名前を記入し、いよいよ結果発表である。
「じゃあ行くわよ」
あみだをハルヒの指がなぞって行く。
「えーとみくるちゃんは…………古泉くんのね!」
「おやおや、お口に合えば良いのですが」
そう言って弁当を取り出す古泉。変なもんを入れてないだろな。朝比奈さんが倒れたりしたら大変だ。
俺がそういう念を込めて古泉を見ると、古泉は両手をホールドアップして、
「凉宮さんに当たる可能性を考えたら、変なものなんて入れられませんでしたよ」
と笑いながら答えた。
「別にあたしはよかったのに…………まあいいわ。じゃあ次! 古泉くん!」
朝比奈さんのものが古泉に当たりませんように当たりませんように。
呪詛をかけた効果があったのか、古泉はハルヒの弁当だった。
「これは光栄ですね」
ハルヒから恭しく弁当を受け取る古泉。
古泉、何気に嬉しそうだな。
「じゃあ、次は有希! …………」
あみだを辿っていたハルヒの指が、中途半端なところで止まった。
ん? どうしたハルヒ?
俺が声をかけると、ハルヒは慌てて、
「な、何でもないわよ! 有希はキョンのね!」
そう発表した。
げ、俺のは長門に当たっちまったか。変なものは入れてないが、俺のなんかで申し訳ないな。面白みも旨みも何もねえと思うぞ。
「…………構わない」
俺から弁当を受け取る長門は相変わらずの無表情だ。たぶんこいつは誰のでもよかったんだろうな。
しかしということは、だ。
これで残ったのは朝比奈さんのものか長門のか……どちらにしても、俺はついている。
なんということだ。
SOS団に関わってから最悪だった運勢が一気に戻ってきたのだろうか? 一年分くらい使い果たしてそうで怖い。
「キョンは…………有希の、ね」
朝比奈さんのじゃなかったか。
しかし考えてみれば長門の手作り弁当なんていうのも食べたことがないし、これはこれで美味しいものを当てたかもしれないな。
長門は能面のような無表情で俺に向かって弁当を差し出した。
「じゃあ、ありがたく頂くよ」
「どうぞ」
淡々と長門。
――そして、楽しくも恐ろしい食事が始まった。
まず弁当の蓋を開けると、極普通の弁当のようだった。とりあえず変な物はないように思える。
まるでそこらで売っている弁当をコピーしたような整然さで食材が並んでた。
「すげえな。これ全部自分で作ったのか?」
思わず俺がそう訊くと、
「そう」
長門は軽く頷いた。てか、これだけおいしそうなものが作れるんだったら、毎日惣菜やレトルトで済ませずに作れよ。
「あっちの方が簡単だから」
以外に面倒臭がりだな、長門。今回はレトルトじゃないんだろ?
「そういう命令だった」
ハルヒ、中々良い命令をしてくれたじゃねえか。
じゃあありがたく頂きます。
適当に食材を選び取って口に入れる。少し塩が効きすぎている気もしたが、山登りに疲れた身体には丁度良い。ひょっとしたら計算してたのかもな。長門なら有り得る。
長門は俺の弁当にまだ箸をつけていない。租借する俺をじっと見つめている。動物園で動物を見る目のような気がしたが……気のせいだろう。
…………しかし、そんなに見つめられると照れるんだが。
「おいしい?」
俺が口の中の物を飲み込んだタイミングで、長門が声をかけてきた。
感じたとおり、正直に答える。
「ああ、美味いよ」
「そう」
言葉だけ聞けばどうでもよさそうな感じだが、本当にどうでもいいんだったら最初から訊かないだろう。
長門はここでようやく俺の弁当に箸をつけた。
「悪いが俺のは長門ほど旨くないぞ」
苦笑まじりに俺は言った。事実、俺のがこれより旨いとは思えない。形も悪いし。
長門は淡々と箸を握り、淡々とおかずを摘まみ、淡々と口に入れた。
淡々と言いすぎ? 長門はそれがデフォなんだから仕方ないだろ?
小さな口がもぐもぐ咀嚼している。
「…………どうだ?」
少し不安に思って訊くと、長門は俺の方をモーターの動きで見て呟いた。
「美味しい」
不味いとか言われたらどうしようかと思った…………この淡々とした調子で言われたらさすがにショックがでかい。
「そうか。そりゃよかった」
俺は誤魔化しも混ぜてもう一口長門の手作り弁当を口に運んだ。
咀嚼する―――衝撃が来た。
「ぐはっ?!」
ちょ、これ、何だ?
何故ハンバーグが甘いんだ!?キャラメルみたいだぞ!?
「…………涼宮ハルヒは変な味でもいいと言っていた。しかし、わたしには変な味というのがどのような味を指すのかわからなかった。だから塩を入れるべきところで砂糖を入れてみた。それも大量に」
そこまで忠実にハルヒの命令を守らなくてもいいのに。
でもまあ、お茶目で済むレベルだな。これなら。
俺はちらりと古泉を見る。
今まで長門と俺の会話にハルヒや他の奴が割り込んでこなかったのを、不審に思っていた人もいるんじゃないだろうか? その答えは簡単だ。
――古泉が死にかけていた。
ハルヒが作った弁当には、様々な仕掛けがほどこしてあって、物凄く旨いのもあるが、物凄く不味いのもあるようだ。そりゃもう殺人的に。実際古泉が悶絶するほど。血を『ごぶほっ!』と、吐いてもおかしくなかったかもしれない。
まさか自分の作ったものにそこまで殺傷力があるとは思っていなかったハルヒは、古泉の介抱にかかりっきりだったのだ。朝比奈さんはどうしていいかわからずおろおろしている。
かなり青い顔をしてる古泉だが、それでも幸せそうに見えたのは錯覚だろうか?
まあ正直古泉なんざどうでもいい。
問題は、こっちで少し申し訳なさそうにしている宇宙人製のアンドロイドだ。
「あー何というべきか…………気にするなよ? ハルヒが変なこと言い出した所為だし、別に死ぬわけじゃないんだから。…………あっちと違って」
古泉、死ぬなよ。
長門は暫くじっと俺の顔を見つめていたが、(だから照れるって)不意に視線を反らし、
「そう」
と呟いた。
俺は長門の弁当を食べながら、(時たま来る甘い衝撃に備えながら)下山する時の苦労を考える。
古泉はあの様子では荷物持ちは無理だ。
その分俺に負担がかかるだろう。全く、
「やれやれ」
だな。
―――でも。
長門の弁当も食えたし、良しとするか。
山を降りて、帰りの電車内での話だ。
「僕は不思議に思っているのですが」
ようやく復活した古泉はそんな風に話しかけてきた。
女三人は俺たちがいる側のドアとは反対側のドアの方にいて、景色を見ながら談笑しているのでこちらの会話が聞こえている様子はない。
「何だよ?」
お前、まだ顔が蒼いぞ。大丈夫かマジで。
さすがに顔色が青すぎて俺が心配すると、古泉は笑って応えた。
「ふ、気にしないでください。それより……何故、あなたの弁当は凉宮さんに当たらなかったのでしょうね?」
「どういう意味だ?」
「凉宮さんはあなたの弁当を食べたがっていましたから」
「そうだったのか?」
俺にはそうは見えなかったが。
「そうでしたよ。くじなどでなら、ほぼ凉宮さんの願いが反映されるはずなんですから今回もあなたの弁当は凉宮さんが食べるはずだったのです。…………しかし実際にくじであなたの弁当が当たったのは長門さん…………これはどういうことでしょうね?」
「…………しらねーよ」
たまたまだろ。
ハルヒの力だって、そうそう万能じゃないんだし。
――まさか、な。
|