邂逅




 あんたは偶然をどこまで信じる?


 俺はせいぜい二回か三回くらいまでだな。
 それ以上偶然が重なったら、さすがに「これは偶然じゃないんじゃないか?」って気がしてくる。
 そしてこの『偶然』が重なるのはもうすでに五回や六回じゃないが……。
「…………偶然だな」
 それ以外に言う台詞など持ち合わせにないわけだ。
 自分の貧困なボキャブラリーに「やれやれ」と溜息を吐きたくなる。
 ひょっとしたら目の前にいる奴に聞けば相応しい台詞を教えてくれるのかもしれんが、こいつとの貴重な会話をそんな下らないことで消費するのも勿体無い気がしたので止めておいた。
 俺のボキャブラリーが貧困だろうと何だろうと、いつもと変わらぬ無表情でそいつは俺を見上げている。
 そいつ、というのは勿論、
「…………」
 宇宙人製のヒューマノイド・インターフェース、長門有希だ。
 俺と長門はSOS団の活動が無い休日に、またもばったり街中で出会っていた。
 偶然だとは思うのだが、ここまで何度も出会っていると、何者かの作為を感じるな。
 まさかハルヒがそんなことを深層意識で望んでいるわけじゃないだろう。
 もしもそんなんだったら、分かってきた気がするハルヒが前にも増して訳が分からなくなるから却下だ。
 さて、黙って見詰め合うのも悪くは無いが、さすがに道端で話もせず硬直していたら不審極まりない。
 第一、偶然でも何でも、折角会ったのに勿体無いじゃないか。
 そういうわけで、俺は長門に話しかける。
「長門、買い物の帰りか?」
 とは言ったが、さりげなく見た長門の手にはスーパーの袋もコンビニ袋も握られていなかった。
 その事実と、長門が首を横に振ったことで、俺は自分の予測が外れたことを知る。
「どこかに行くのか? いや、行ってたのか?」
 また首を横に振る長門。
 じゃあどうしてたんだ、と訊き掛けて―――やめた。
 代わりに別のことを尋ねる。
「それじゃあ……特に何の用事があるわけでもないんだな?」
 頷く長門。
 こいつにも意味も無く歩きたくなる時があるのかもしれない。
 ならば、と俺は提案をしてみた。
「一緒に散歩でもしないか?」
 微かに首を傾げる長門に、俺は言う。
「実は俺も特に目的も無く歩いていただけでな……お互い目的が無いなら、一緒に散歩してもいいんじゃないかと思ったんだが」
 暫くの間、長門は何かを考えていたようだが、やがて静かに頷いた。
 その動作に、俺は安心する。拒否されたらどうしようかと思った。
「よし、じゃあどこにいく?」
 長門はどこでもいい、と静かに呟く。
 そして、それじゃあもう自然に桜が咲いているかもしれないあの桜並木でも見にいこうか、という話になった。(あの桜並木とは以前映画を撮った時の桜並木だ)
 実は、俺は谷口や国木田との待ち合わせがあったのだが、どうせ本屋に行って新刊の漫画が出ているかどうかを見たり、ぶらついて喋るだけだろうから、そんなことよりもこちらの方が余程有意義だ。あとで急用が出来たとでもメールを打っとけばいいだろう。
 野郎よりも、長門の方が何千倍もいいしな。朝比奈さんでもいい。ハルヒは間違いなく疲れる羽目になるから謹んで遠慮しよう。
 とにもかくにも、俺と長門は並んで、春めいてきた街中を歩き出す。
 何の話をするわけでもなかったが、その時間は確かに有意義なものだった。


 …………長門にとっても、そうであればいいんだが。








『邂逅』終
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