コンピ研にて、ちょっとした騒動が巻き起こった。
コンピ研といえば春先にハルヒによってパソコンを強奪され、文化祭が終わったあとにインチキゲームを仕掛けてきたSOS団のお隣さんだ。
ある意味、一番身近で一番関わりが深いところである。
ただし、SOS団と関わりが深いというのは褒め言葉ではない。むしろ憐みの感情を込めて言うことだ。
特にコンピ研はゲームを仕掛けて負けたせいで、ノートパソコンを人数分取られたうえに、SOS団という奇々怪々な団の準団員にされちまってるんだからな。まあ半分はゲームでインチキを仕掛けた向こうの自業自得だが。
SOS団に組み込まれることを良しとするのは、特殊な背後関係を持っている奴かくらいだろう。つまり古泉、朝比奈さん、長門の三人のようにだ。
つまり特殊な背後関係を持たないこの俺はSOS団に組み込まれることを良しとはしていないんだが、もう言っても遅すぎるので言わないでおく。
コンピ研の話に戻るが、向こうにとってはSOS団に関わったことは間違いだったと思うのだが、しかしその間違いを帳消しにするくらいのメリットも生まれている。
それが、長門という存在だ。
ゲーム対決の後、長門はちょくちょくコンピ研の方にも顔を出しているのだ。
パソコンは本以外に長門が興味を持った対象だからな。
コンピ研が作ったというオリジナルゲームのバグ取りもしてやっているようだし、SOS団に関わって良かった、と思える一要素であろう。まあ、マイナスが大きすぎてありがたみが薄れているかもしれんが。
現代の技術力を遙かに超えたエンジニアの手助けがあるというのは、コンピ研にとっては悪いことではないだろう。
……前置きが長くなっちまったな。
ある日、そのコンピ研で騒動が起こった。
原因? SOS団関係の問題で、あいつが絡まなかったときがあるか?
「冗談じゃない!! 却下だよ却下!!」
コンピ研部長のほとんど悲鳴交じりの叫びが響く。
それに対し、我らがSOS団団長、涼宮ハルヒは本気で意外そうな声で応じた。
「いいじゃないの、減るもんじゃなし」
「減るよ! 減りまくるよ!! 少なくとも、うちから無くなるのは事実じゃないか!!」
部長どの、憐れな叫び声をあげるのはやめとけ。本気で可哀想に思えてくるから。
そしていくら可哀想に思えても、たぶん結局のところ、結末は変わらない。
そう考えると可哀想に思うのは無駄にしかならないしな。
さて、いまの状況を端的に説明しようか。
そもそもの発端は、ハルヒの奴が「そろそろこのコンピューターも新しいのが欲しいわね」と、デスクトップ型のものを指して言いだしたのが原因だった。
まだ手に入れてから一年も経っていないし、その頃の最新機種ならそれほど古くなっているわけじゃないだろうが、ハルヒは新しいものが欲しくなったらしいのだ。
そしてハルヒの頭の中に「自分たちでお金を貯めて買おう!」という殊勝な心持があるわけもなく。
当然のようにコンピ研にたかりに来た、とこういうわけだ。
なんというか、ハルヒって相変わらずだよな? と同意を求めたくなる。
「じゃあまたコンピュータゲームで勝負しましょうよ。あなた達が買ったら一台返却するから――」
「絶対に嫌だ!!」
即答だった。
ハルヒは口をへの字にする。
「なんでよ。この前はあなた達から挑んできたじゃない」
「長門さんが敵に回ったら勝てるわけがないじゃないか!! 勝ち負けがはっきりしすぎてる!!」
確かに。あれに勝てるのは……そうだな。世界最高峰のハッカーでも無理だろうから、朝倉や喜緑さんのような同類か、親玉である情報統合思念体くらいだろう。
少なくとも、一介の高校のコンピ研では赤子の手を捻るような…………いや、蟻を踏み潰すような…………いや、空気を払うようなものだろう。それくらいスペックに差がありすぎる。
「じゃあ、実際に何かスポーツで試合でも……」
「それも嫌だ!!」
「なんでよ。こっちはみくるちゃんが戦力外じゃない。ハンデになるわよ」
「一人抜けても、古泉とかいう男は結構運動出来るし、長門さんもマラソンで二位を取るほど持久力あるし、キミは恐ろしくオールラウンダーじゃないか!!」
確かに……しかもコンピ研は全員が全員、インドア派だしな。
さすがにコンピ研が可哀想だから何とかしてやりたかったのだが、しかし上手い方策など咄嗟に思い浮かばない。
無理に止めるとこっちにとばっちりが来るしな……さてどうするべきか。悩む。
こういうとき、止められる……いや、止めようとする奴は俺しかいないからな。
「あー、なあ、ハルヒ。それは本当に必要なのか?」
「もちろんよ! 新しくなれば色々新しいソフトとか使えるじゃない」
そういうものなのか? パソコンに詳しくないからよくわからないが。
用語もほとんど知らないしな。……実は以前誰かさんから聞いたインターフェースって言葉もいまいち理解出来ていなかったり……まあ、それはいいか。
ほんと、どうやって止めようか。
悩んでいると思わぬところから助け船がやって来た。
「いま現在販売されているソフトは部室にあるパソコンでも使用できる」
ん? この冷静な……というか淡々とした声は間違いなくあいつのものなんだが……姿が見えない。
しかしよく注意して部室内を見渡したらすぐに見つけることが出来た。
長門は部屋の中央に置かれたパソコンの影にいた。そういえば、さっき部室にいなかったな。こっちに来てたのか。
妙に長門の前にあるパソコンだけハイスペックに見えるのは長門専用機だからだろうか。
いつもの冷静な声音で、長門は説明を続けた。
「今の状態で言えばメモリ不足を起こして多少動作が遅くなる可能性があるが、わたしが設定をし直せば改善できる」
「あ、そうなの? じゃあいいかしら」
あっさりハルヒは引き下がった。ハルヒはなぜか長門の言うことはよく聞くんだよなあ……言うことを聞くというか、耳を傾けるというか……なんでだろうね?
「じゃあ有希、設定とかしておいてくれるかしら?」
「わかった」
軽く頷く長門。ハルヒはそれで満足したかのように笑って去って行った。
なんつーか、わかっちゃいたけどマイペースだよな。
ハルヒが去って行ったことで、安堵に包まれているコンピ研の一同。まるでゴ○ラが目の前で進路を変えてくれた時のようなほっとした笑顔だった。
長門は何事もなかったかのようにキーボードをタッチしている。その動きは以前よりもさらに洗練されているのか、ほとんど指の動きが見えない。
そういえばいつも長門は何をしているんだろうな。コンピ研が作ったゲームのバグ取りをしているという話は聞いたことがあるが……。
とはいえ、いまはそれよりも気になることがあったから、そちらを訊いてみよう。
「長門」
「なに」
ブラインドタッチを続けながら応じてくれる長門。
「メモリを設定し直すってこと、出来るのか? どうやってやるんだ?」
指の動きが止まる。
長門はほんの少し沈黙した。
「…………設定は変えられない。メモリとはパソコンに設置されている装置のようなもの。増設することは出来るけど」
増設? つーことはなにかしら部品が必要ってことか?
「そう、けど大丈夫。情報制御をすれば元のメモリ部品のままでメモリを増すことが出来る。金銭はかからない」
「……そういうのって、使っていいのか?」
意外だな。長門はハルヒ関連――超常的な力関連という意味だが――以外では情報制御は使わないようにしていると思ったんだが。
俺の質問に対し、なぜか長門の返答はなかった。
不思議に思って長門を見ると、長門は床に座り込んで安堵の息を吐いているコンピ研の連中を見ている。
「…………情報制御の使用を禁止されているわけではない」
その答えを聞いた俺は、「そうか」とだけ頷いておいた。
きっと、昔の長門だったら禁止されていないことであったとしても、コンピ研のためにその力を使うことはなかっただろう。
そもそも横から助け船を出さなかったはずだ。
でも、今日の長門はコンピ研のために力を使うことを、助けることを選択した。
コンピ研をSOS団よりも大切に思っているわけではないだろうが、SOS団の不利益にならない形で助けれることはしようと思ったのだろう。
それはきっと、長門にとっての進歩。
気にかける存在が増えたという証。
なら、俺がもう言うことはない。
「じゃあ頼んだぜ、長門」
それだけ言っておけばいい。
いまの長門に対して、それ以上の言葉は不要だと思ったから。
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