長門有希の体験シリーズ
ひとひらのゆき







 雪の結晶は一見同じような形をしているが、実は一つ一つ形が違う。


 崩れたり、欠けたり、溶けたりして、様々な表情に変わる。


 そして、そのどれもが綺麗。


 欠落も、過分も、それを損なうことなく、一つの表情として完成している。


 変わるからこそ綺麗。


 僅かな刺激にさえも、その形を変えることこそ、雪の本質。


 表情が、形が変わらない雪は――――きっと、不自然で、奇怪でしかない。
























 いつからだろう。


 わたしが表情を変えることが出来なくなっていたのは。


 周りの人が笑っているときも、泣いているときも、楽しんでいるときも、悲しんでいるときも。


 いつも同じ表情しか浮かべることが出来なかった。


 まるで図鑑に載っている結晶のように、決まり切った無表情。


 暖かな言葉を投げかけられても、冷たい言葉を投げかけられても、優しく接されても、厳しく接されても。


 わたしは決まった形でしかいられなかった。


 変わろうと努力したことはあった。


 けど、その努力は冷たい表面を虚しく滑って、零れた。


 どうやっても、わたしは変われなかった。


 いつしか変わろうとする努力自体を放棄した。


 どうやっても、わたしは変われないと感じたから。


 それに、その固まった形はわたしを外界の刺激から守ってくれた。


 どんなことが起こっても変わらない表情。


 その形を保っている限り、わたしの心は傷つかなかった。


 欠けない形。


 壊れない表情。


 それは傷つかない心を生んだ。


 喜びもない代わりに、悲しみもない形。


 世界に接することが苦手だったわたしには、その形は酷く心地よいものに感じられた。


 間違っているのかもしれないと思ったことはあった。


 でも、変わろうとしても変われなかったのだからと、諦めていた。


 流れていく日常。


 通り抜けていく時間。


 わたしはずっと、同じ形でそれを受け入れていた。








 でも、あなたに出会った。








 あなたがいるだけで頑なだったはずの形が、そっとひび割れた。


 見つめられるだけで、欠けて。


 話しかけられるだけで、壊れて。


 触れられただけで、溶けて。


 硬い形の裏に、守られ、隠されていたはずのものが、溢れ出した。


 あなたが傍にいるだけで。


 変われないはずの雪の一片は、容易く姿を変えた。


 硬さを失った形は、外界の刺激に容易く傷ついてしまうだろう。


 知らずに済んだ苦しさや悲しさを味わうことになるのかもしれない。




 だけど。




 硬さを取り戻したいとは、思わない。


 あなたに出会う前に戻りたいとは思わない。


 あなたが傍にいてくれるなら。


 わたしは形を変えることが出来る。


 そしていつか――。




 いちばん綺麗な形を、あなたに見せたいと思う。




 頑なだった一片の雪は、もうない。








『ひとひらのゆき』終
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