長門有希の体験シリーズ
『まほうつかい』




 最近、春めいて来ていたけど、今日はとても肌寒い。
 こういう季節の変わり目には良くあることだけど、こう温度が上下すると体調を崩してしまいそうで怖い。
 体調を崩したら、独り暮らしのわたしは一人きりの部屋で寝ていなくてはならないのだから。
 そんな寂しさは味わいたくなかった。
 それに体調を崩してしまえば当然学校にも行けず、彼に会えない。それが一番嫌だった。
 だからわたしは念には念を入れて、少し暑いくらいの厚着をして登校していた。








「あ、長門。偶然だな」
 突然声をかけられ、思わずわたしは悲鳴を上げそうになる。
「っ…………」
「あ、わりい。驚かせちまったか?」
 彼の方を見ながら、わたしは慌てて首を横に振る。
「ちょっとびっくりしただけ」
「…………それって、驚いたってことじゃないか?」
 苦笑しながらそう返されて、わたしは何も言えなくなった。
 黙ってしまったわたしを気遣ってか、彼は話題を変えてくれる。
「登校中に出会うなんて珍しいな」
 頷く。
「今日はやけに肌寒いなあ。昨日はあんなに暖かかったのにな」
 頷く。
「そういえば長門。随分厚着だけど…………ひょっとして寒いのか?」
 彼のその言葉に、わたしはどう応えてよいのかわからなかった。
 確かに寒いといえば寒いのだが、厚着してきた主な理由はそれではない。
 かといって、その本当の理由を彼に言うのは躊躇われた。
 恥ずかしくて。
 黙ってしまったわたしが、彼にはどう見えたのだろうか。
 彼は何も言わないまま、自分が首に巻いていたマフラーを外した。
 ふわり。
 彼の暖かな体温が残ったマフラーが、首周りを覆ってくれた。
 驚いて彼を見ると、彼は照れ隠しのような笑いを浮かべている。
「何か首が寒そうだったからさ。貸しとく」
 わたしは一応厚着をしてきたのだけど、マフラーだけは持っていなくて、首筋だけはいつものままだった。
 そのアンバランスさを見かねて、彼は自分のマフラーを貸してくれたのだ。
 ぽんぽん、と彼の大きな手がわたしの頭を軽く叩くように撫でる。
「んじゃ、行くか。早く行かないと遅刻になっちまう」
 ちょっと照れているような彼の声が、わたしを促す。
 わたしは赤くなった頬を隠すために俯きながら、彼の後について歩き出した。
 寒かった首筋が嘘のように暖かい。
 それだけではなく、まるで魔法にでもかかったかのように全身が暖かくなっていた。


 わたしは彼の背中に向かって、ありがとう、と小さく呟く。
 それが聴こえたのか聴こえなかったのかどうかは分からないけど、彼は微かに笑った。








『まほうつかい』終
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