可憐、とはこういうことを言うのだろう。
そう確信することが出来るほどに、その時のそいつは可憐だった。
季節は春。
こちらの世界でSOS団か設立されて三ヶ月ほどが過ぎていた。
あちらと違ってこちらではSOS団の団員が学校で分かれているので、必然的に五人が集まる機会は少ないことになる。
最初はハルヒらしい横暴っぷりで「毎日喫茶店に集合」とか言っていたが、極めて現実的な理由―――金銭面―――から、毎日集まることは無理だった。
当然SOS団の活動は休みの日だけに限られ、平日は不思議なことを各自で調査するというようなスタンスが取られている。
もっとも、その不思議調査を真面目にやっている奴はいないがな。
こちらの世界のSOS団は完全に唯の同好会か友好会か何かになっている。
ハルヒは勿論楽しそうだし、人との関わりが持てて長門にもいいだろうし、古泉はハルヒのいるところなら何でもいいという感じだ。あちらではどうだったのかはもう分からないが、どうも古泉はハルヒを好いているらしい。
SOS団団員の中で一番可哀相なのは、どう考えても朝比奈さんだった。
向こうでは未来人だとか、色々背後設定があって無理矢理SOS団に引き込まれたのも必然だったが、この世界の朝比奈さんは唯の可憐な美少女で、完全に巻き込まれているだけの存在なのだから。
こういう休日なども朝比奈さんはほぼ無理矢理駆り出されているようだし、SOS団に巻き込んだ張本人たる俺は彼女に対して罪悪感を抱いている。
最初、俺がこちらの世界で混乱していた時のように、朝比奈さんの親友である鶴屋さんが多少は防波堤になるかと思っていたのだが……。
「はるにゃんそれはないねっ!」
「ないかしら? 結構いけると思うんだけど」
「ないよっ! これにはカスタードよりケチャップをかけるべきっさ!」
この人はこちらの世界でもハルヒと気が合うらしく、ハルヒを乗せ、乗せられて、朝比奈さんにきわどいコスプレさせることもしばしばだ。
―――おっと、今どこにいるのか説明するべきだな。
俺たちがいまいるのはファーストフード店。
集まっているのは、SOS団の団員5名+鶴屋さん。
今日は祝日で、ハルヒによる非情収拾がかけられたのだ。
(非常ではなく非情なのがポイントだ。……どうでもいいが)
SOS団の集まりになぜ鶴屋さんがいるのかというと、話は簡単だ。
設立当初、怪しげな団(凄く的確な表現だと思う)に朝比奈さんが無理矢理加入されたことを本人から聞いた鶴屋さんは、抗議するべく団長ハルヒのもとに直談判に行ったらしい。(らしい、と言うのはそういうことがあったあとで古泉から聞いた話だからだ)
最初はハルヒも鶴屋さんの抗議を受けて立ち、間違いなく険悪な雰囲気だったという。
しかし、気付いたら二人は意気投合していたらしいのだ。
この二人、どっちの世界でも、とことん気が合うらしい。
……簡単な話だろ?
それ以降はSOS団の活動の時は鶴屋さんが朝比奈さんについてくるようになり、今日も同じようについてきたという訳だ。
鶴屋さんは基本的に多忙な方なので、いつもという訳にはいかなかったが。
この人がいるとハルヒの喧しさは全てそっちに行くから、幸いといえば幸いだったのだが、あまり二人だけで放っておくと暴走しまくってとんでもないことをやろうと言い出すから適度に修正はかけないとならないのが大変だ。
まあ、常にハルヒの相手をしなくてもいいのは助かる。
俺はなるべく長門から目を放したくないのだ。
真実を知っている俺には当たり前のことなのだが、長門は常識というものが欠けていた。いや、知識としては知っているのだが、それが実感として持っていないというべきか。
更にこの長門は向こうとは別の意味で引っ込み事案な性格なので、放っておくといつまで立っても何もしない。
あまり何でも俺がやってしまうのは良くないと思うが、ある程度は助けてやらないと何時までも動けない。
その微妙な些事加減も難しいし、その辺りの理由からも、こいつから目を放していたくないのだ。
……純粋に最も大きな理由は、単純に目を放したくないというのがあるが。
さて―――現状確認はこれくらいにしておこう。
今日も朝の九時くらいからずっと不思議探索をしていた。その間中テンション高かったのに、ハルヒと鶴屋さんはまだまだ元気だ。
連れまわされた長門と朝比奈さんは疲れ果てているというのに。
一般レベル以下の身体能力しかないこの長門は、午前中もよくバテてしまっていた。
正直、本当に倒れる前に帰らせたいところだが……ハルヒが許すかどうか。
それに身体はしんどいようだが、長門もこの不思議探索が嫌なわけではないのだ。
あまり外に出るということをしない長門は、外に出るという行為だけでも十分に楽しめるのだ。不思議探索という名目の徘徊であってもそれは変わらない。
とはいえ……やっぱりしんどうそうだな。
長門を心配するなんて向こうでは絶対有り得なかったな、と思いつつ、俺は長門に向かって口を開いた。
「長門、しんどそうだけど大丈夫か?」
俺が呼びかけると、びくり、という擬音が聞こえてくると錯覚するほど、長門の身体が震えた。
長門がこちらに気付いているときはともかく、急に呼びかけられることにはまだ慣れないらしい。
「…………?」
多分、激しい鼓動を抑えている長門は、こちらに向かって視線を向けてくる。
先程の問いは聴こえていなかったのかもしれない。俺はもう一度言い直した。
「しんどそうだけど、大丈夫か?と訊いたんだが」
「…………」
ずっと注目されていたということを自覚してしまったのか、長門の頬が薄く赤く染まった。
微かに頷く。
「本当に大丈夫か? 無理はするなよ?」
保護者みたいな言い方だな、と思いつつ、俺はそれだけ言っておいた。
長門が大丈夫だというなら大丈夫なんだろう。あまり気を回しすぎても迷惑だろうし。
長門がもう一度頷くのを確認するのと同時に、ハルヒが勢い良く立ち上がった。
「それじゃあ、そろそろ行くわよっ!」
……びっくりした。
まだ多少高まっている鼓動を抑えつつ、わたしは団体の最後尾を歩く。
先程のファーストフード店で彼が話しかけて来た時。身体の疲労感にぼんやりとしていたわたしは心臓が口から飛び出るかと思うほど驚いてしまった。
心配してくれたこと自体はとても嬉しかったけど。
「…………」
その彼はわたしの前、古泉一樹という男子と並んで歩いている。
どうやら、古泉一樹が色々と凉宮ハルヒの近況を彼に話しているらしい。彼が尋ねたわけでなく、古泉一樹がそれを話すことを楽しんでいるようだ。
そんな古泉一樹の話に対し、彼は見事なほど適当な生返事を返している。
「…………」
時折、彼はわたしの方を確認するかのように一瞥してくる。
どうやら、わたしに注意を払ってくれているようだ。
その心遣いには感謝するけど、目が合うと恥ずかしいのでわたしは視線を下に落としながら歩く。
「…………」
暫くそうして歩いていたが、不意に前の二人が立ち止まったので、ぶつかりそうになった。
慌てて足を止める。
どうしたのだろうと思って先を見ると、凉宮ハルヒと朝比奈みくる、そして鶴屋というらしい人がある店の前で立ち止まっていた。
何だろう。
わたしは小さな背丈を少し恨めしく思いつつ、背伸びをして前を見る。
「…………」
そこに広がっていたのは、わたしにはあまり興味がない服飾店。
いつもセーラーで通しているわたしは、極端に私服が少ない。
「中々いいと思わないかい?はるにゃん」
「よさそうな服が沢山あるわね〜。みくるちゃんで着せ替えして遊びましょうか」
「ふええ〜?」
朝比奈みくる。哀れ。
「……そうだわ、有希ちゃん!」
急に何かを思い至った顔になった凉宮ハルヒに呼ばれて、わたしは彼女の傍に行く。
いきなり捕獲された。
「ちょうどいいから、有希ちゃんの私服を選んであげる!」
どうやら、わたしはいつもセーラー服を着てくるので、涼宮ハルヒに私服を持っていないと思われているらしい。
……別にいいのに。
「ほらほら! 男性陣はちょっと待っててね! あ、何なら店内に入っててもいいけど」
意地の悪い笑顔になった涼宮ハルヒに対し、古泉一樹が苦笑いを返す。
「謹んで辞退しますよ」
「おい、ハルヒ。あまり長門に乱暴するなよ?」
「服を選ぶだけよ、ジョン。じゃ、楽しみに待っててね!」
彼は凉宮ハルヒになぜか『ジョン』と呼ばれている。
彼の渾名はキョンなのだけど、何故か凉宮ハルヒにはジョンと認識されているらしい。
その辺りの詳しい事情はよく知らない。
「ほらほら〜、行くわよ〜っ!」
ほとんど引きずられる形で、わたしは店内に引きずりこまれた。
そして、一時間ほどして。
「お待たせ〜!」
「おや、凉宮さん達も服を買ったのですか?」
「ついでだもの。あたし達も買わないと損でしょ?」
「似合ってますよ」
凉宮ハルヒと古泉一樹がそんな会話を交わす。
その後ろで、わたしは彼女の背中に隠れていた。
着慣れない服を着ると、とても恥ずかしい。それが彼の前ともなると、なおさら。
「…………」
如才なく凉宮ハルヒやその他の女性人を褒める古泉一樹に対し、彼の方は何故かわたしの方を見ていた。
「…………」
「…………」
沈黙が痛い。
やはり、わたしがこんな服を着ていると変なのだろうか。
わたしは自分の着ている服に視線を落とす。
それは、凉宮ハルヒと鶴屋さんという人が選んだ「絶対に似合うから!」というお墨付きの、
長袖の白いワンピース。
正直、わたしはこの系統の服はあまり好きではない。背が低く発育もよくないわたしがこういう服を着ると、年齢以上に幼く見えると知っているから。
彼にどう思われるのか、子供っぽいと思われていないだろうか。唯でさえ彼には世話をかけているのに。
恥ずかしさと、戸惑いと、恐れと、その他色々な感情でわたしが何も言えずに黙っていると、ようやく彼が口を開いた。
「長門……」
そして、彼の声が言葉を紡ぐ。
「すげえな。似合ってるぞ」
その言葉の意味を理解した瞬間―――恥ずかしさと、そして嬉しさが頂点に達し、一気に顔に血が上って、思わず気が遠くなった。
少し身体がよろめく。
「長門っ!?」
慌てた調子の彼に、わたしは「大丈夫」だと伝えた。
彼は完全に納得はしていない、半信半疑の顔でわたしを見ている。
「本当に、大丈夫なのか?」
頷く。
「……なら、いいけど」
絶対に納得はしてない、疑問に満ちた彼の言葉だったが、わたしはそれ以上何も言えなかった。とにかく、赤くなってしまった顔を彼から背ける。
彼の言葉は嬉しい。けど、嬉しすぎて対処に困ってしまう。
けれど同時に、そんな自分の状態を悪くないと感じている自分もいて、わたしは何をどうすればいいのかわからなかった。
―――とりあえず、彼が「似合う」と褒めてくれたこの服は、大事に保管して時々着る事に決めた。
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