桜が散る様子は、雪のそれに似ている。
そんな簡単なことに気づいたのは、実際にその様子を目で見てからだった。
学校の帰り道、彼が「川沿いの桜並木がそろそろ咲いてるかもしれない、長門、ちょっと見に行かないか?」と言ったから、いまわたしたちはその桜並木を歩いていた。
もう何度も見ているはずなのに初めてのような感覚を覚えるのは何故だろうかとわたしは自問自答する。
残念ながら、答えは出なかった。
「今度、ハルヒの奴が花見をしようって企画してるみたいだ」
わたしが一人で悩んでいると、彼はそう唐突に零した。
「……そう」
何か気の利いたことを言えればいいんだけど、わたしは頷くことしかできない。
自分の口下手が嫌になる。
幸い彼は気にしていないようで、そのまま話を続けた。
「今週末くらいが見ごろっつってたから、その頃に企画してると思う。当日はなるべく多く人を呼ぶとか言っていたから……騒がし――いや、賑やかになるな」
騒がしい、をわざわざ賑やかと言い直したのは彼らに対する彼なりの気遣いだろうか。
でも、涼宮ハルヒを始めとして、わたしが知っている呼ばれるような人達は確かに賑やかというよりは騒がしいという形容が合いそうだ。
わたしがそんな失礼なことを考えていると、彼が不意に立ち止った。
「…………?」
なぜ彼がその位置で立ち止まったのかわからなかったけど、わたしもすぐに足を止める。
彼はきょろきょろと周囲を見渡していた。
どうしたのだろう?
わたしがそう思って彼を見ていると、彼もわたしが見ていることに気づいたようだ。
少し苦笑いをする彼。
「いや、悪い。なんつーか、朝倉の奴がさ……長門と一緒にいると見張っている気がしたから、ひょっとしていまも見張っているのかと思ってな」
朝倉涼子が?
わたしは首を傾げる。
そう言えば彼と一緒にいるとき、どこからともなく朝倉涼子が現れることが多い気がする。
あまり疑問には感じていなかったけど……そう言われてみればおかしい気もした。
なんで良く現れるんだろう?
「…………」
まさか。
彼女も、彼のことが――。
そう思いかけて、わたしはその考えを打ち消した。考えるまでもない。そもそもわたしと彼の間を積極的に取り持とうとしている彼女がそうであるはずがない。もしもそうなら、そんなことをする理由がないのだから。
でも。
わたしを利用して彼に近づこうとしている可能性は……。
いや、ありえない。
彼と彼女は同じクラス。しかも前後の席。わたしをわざわざ利用しなくても接点はいくらでもある。
大体、わたしと彼女の関係は彼と本格的に交流を持つ前からある。いくらなんでもわたしを利用して……という考えは疑心暗鬼に過ぎるだろう。
「…………」
とはいえ、わたしは一抹の不安を感じずにはいられなかった。
わたしが名前の通り『雪』だとするなら、朝倉涼子の華やかさは『桜』だ。
似たようで決定的に違う。
彼女がもしも本気で彼を魅了しようとしたら……。
わたしでは、とてもではないが敵わない。眼を引く度合いが全然違う。
そんなことを考えてわたしがつい暗くなっていると。
「長門」
突然彼に呼ばれて焦った。
慌てて顔をあげ、彼を見返す。
彼はほんの少し呆れたような顔をしていた。
「俯いてたら桜が見れないだろ」
もっともな意見だったのでわたしは上を向く。
はらはらと花びらが落ちてきていた。
まだ満開じゃないのに散る花びらもあるというのは不思議な感じだった。
咲くのには時間差があるからなのだろうけど。
暫くじっと桜の花びらが散る様子を眺めていると、彼が不意に言った。
「桜の花びらって、雪が……降る方な? ……それが降るのに似ているよな」
まさにわたしが思っていたことを彼が口にしたので、わたしは驚くと同時に少し嬉しかった。
でも、さっきまで考えていたことを思い出し、少し気分が沈む。
ところが、彼は続けてこんなことを言ってくれた。
「でも、桜には桜の、雪には雪の魅力があるからな」
意図せずしての発言だろうけど、その言葉はわたしの気持ちを一気に晴らしてくれた。
似ているとしても、桜と雪は違うもの。
それぞれの個性、魅力も違う。
だから無理に似たものを越えようとしなくてもいい。無理に勝たなくてもいい――。
そんな風に言われたような気がした。
もちろん彼にはそんな意図はなかっただろう。
しかしその言葉はわたしの心を軽くしてくれた。
彼は気恥ずかしそうに横を向いている。
「……なんつーか、長門に言うにはちょっと恥ずかしいセリフだったな」
わたしの名前がそれと一緒の発音だから出た仕草と台詞だろう。
その仕草と台詞が、気恥ずかしく思うと同時におかしく思えて。
――わたしは、ほんの少し笑った。
はらはらと、雪に似た花びらが舞う。
それは、穏やかなある晴れた日のこと。
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