「唐突だけど、かくれんぼをしましょう!」
何故だ。
つーか自分で突然だってわかってるのならもっと婉曲的言い回しで言ってくれ。部室内の空気が一瞬止まったぞ。
ハルヒの思いつきに理由や意味を問うのは俺しか居ない。というわけで俺はハルヒに向けて口を開いた。
「何だってまたいきなりそんな子供みたいな遊びをしなくちゃならんのだ」
「決まってるじゃない。あたしがやりたいからよ」
はい、とても納得できる言葉をありがとう。
俺があきれ返っていると、ハルヒは人差し指を立てて得意げに話し出した。
「実はね、昨日あるテレビ番組で『かくれんぼ世界大会』っていうのをやってたのよ。隠れる方も探すほうもそりゃ真剣で、持てる技巧の全てを尽くして隠れ、探していたわ」
そんなテレビ番組を組んだテレビ局もそうだが、そんな世界大会があるとはやはり世界は腐敗しているのだろうか。
「で、それを見たお前はかくれんぼも悪くないと思ったわけだ」
「ええそうよ。というわけでやりましょう!」
「今からか?」
「いいえ、こんな明るいところじゃ面白くないわ。だから、夜、学校に忍び込んでやるわよ。敷地内ならどこに隠れてもよし! 午前零時丁度に始めて、時間は午前三時まで! 鬼はいまここで決めておくから、零時までに鬼以外の人は隠れ場所を探して隠れておくこと! 移動はダメ。敷地が広いから動き回ってたら見つかるわけないからね。零時丁度にいる場所を隠れ場所にして、そこから動いちゃダメよ」
すらすらルールを言ったハルヒの目は、すっかり光り輝いていた。
やれやれ。
仕方ない。付き合ってやるか。とんでもないことをさせられるよりかはまあまだマシな方だし。
夜の学校に不法侵入することになるけどな。
「で? 鬼の選抜方法はどうするんだ?じゃんけんか?」
「これよ!」
あら不思議。どこからともなくハルヒが出したのはいつも不思議探索の時に使っている爪楊枝のくじだった。印が付いているところを指で挟んでいる。それで決めようというのだろう。
つーかお前、それ持ち歩いているのか?
「用意周到だといって欲しいわね。さ、どれでも好きなのを選びなさい。いっせーの、で一斉に引くわよ」
俺たちSOS団は狭苦しく肩を寄せ合い、自分が選んだ爪楊枝を摘まんだ。最後に残った一本をハルヒが摘まみ、号令をかける。
「じゃあいくわよ、いっせーのっ!」
五本の爪楊枝が、ハルヒの手から引き抜かれる。
鬼は――――
「俺なんだよな。何故か」
夜中の十一時五十五分。俺は校門前で溜息を吐いた。
古泉曰く、くじの結果はハルヒが無意識的に望んだことだという。
つまりそれはハルヒが俺に鬼をやることを望んでいたわけで、一体あいつの思考回路はどうなっているんだろうね。
とにかく俺に損な役回りをやらせたいってことか?
溜息を吐きつつ、俺はとにかく校門を乗り越えて敷地内に侵入した。宿直の人に見つからないようにしないとな。
そう思って身を屈めつつ、俺は他の奴らがどこに隠れたのか考えていた。
と言っても最初に行くところは決まっているのだ。
その場所とは、SOS団の部室である。
ハルヒ辺りが灯台下暗しとか言って隠れていそうだ。隠れる場所が無いように思うが、そこをついてくるかもしれない。
何はともあれSOS団の部室に向かって、俺は歩き出した。校舎内に入る前に、学校の校舎にある時計を見上げる。
午前零時。
――ゲーム、スタートだ。
とりあえず校舎内を歩くのだから下駄箱のところで上履きに履き替えた。
校舎内を歩きながら抜かりなく周囲を見渡す。教室は鍵がかかっているだろうから、初めから除外していていいだろう。あとトイレも除外出来る。ハルヒが除外すると言っていたからだ。
そうするとあまり校舎内に隠れる場所はない気がするが、ところがどっこい、だ。
以外にこれがあるんだよ。例えば、どの学校でも廊下から少しはみ出た柱ってあるだろ? あの陰だってかなり利用出来る。先に階段もなく、隠れようが無い教室だけがある通路の端の方にある柱の陰に隠れていれば、見つかりにくいのだ。
玄関のように少し広いところでは柱が林立していて、その陰に隠れていればそこもまた見つかりにくい。
校舎の外にも隠れるところが一杯あることも考えると結構これは大変かもしれない。
鬼の方が。
初めの位置から動いてはいけないという制約はあるとはいえ、明らかに隠れる方が有利である。
しかもハルヒが思いついたゲームのには必ず罰ゲームか賞品がついてくるが、それがまた鬼に不利なもので、
『鬼は全員見つけたら、次の集会の時、喫茶料金は払わなくても良い』
というものだ。鬼が次の料金を払うことは確定しているのか?
この場合の鬼とは俺だがな。
「やれやれ、だ」
誰も聴いていないことを知りながらも溜息が出てしまったのは仕方ない。
とにかく探すだけは探しておこう。料金免除は少し魅力的だからな。
そうこうしているうちに、俺はSOS団の部室の前までやって来た。
今更だが、考えてみるとここも鍵がかかっているかもしれないな。そうだったら唯の骨折り損だ。
そう思いながら、俺は部室のドアノブを捻ってみた。
カチャリ、という金属音がしてドアが開く。
鍵は開いていた。つまり誰かが開けたということだ。
「ビンゴ、か」
ドアを開いて中を覗いて見ると、当然だが目に見える範囲には誰もいなかった。
常に長門が座っている場所にも誰もいない。
部室内にはほとんど隠れる所は無い。無音の空気が広がっているだけだった。
まさか、ハルヒの策略だろうか。俺の行動を読んでいて、鍵だけ開けて俺を引っ掛けた、とか? かくれんぼ世界大会を見たとか言ってたし。
だとすると今頃ハルヒはほくそ笑んでいることだろう。俺の姿は見えては無いと思うが。
ここにいても時間の無駄だと思い、俺はドアを閉めようとした。
その直前、部室内に唯一隠れられる場所があることを思い出す。
以前、俺と朝比奈さんが隠れた掃除用具入れ。
そこなら隠れられるだろう。
そう思い、俺はもう一度部室の中を覗き込んだ。
「…………あれ?」
一瞬、自分の目を疑った。。
掃除用具入れはいつもと変わらない姿で部室の片隅にある。だが、その掃除用具入れの脇に堂々と箒やチリトリが置いてあるのはどういうわけだ。
これでは『隠れるために中の邪魔な物をどけました』と言わんばかりである。
いや、もしやこれこそ、ハルヒの引っ掛けか?
とにかく中を確認してみようと俺は掃除用具入れに近づいて、一気に扉を開いた。
長門有希がそこにいた。
幅と奥行きが小さな椅子を中に持ち込んで、そこに座っている。膝の上には分厚い本。そしてボブカットの頭には炭鉱採掘の時に使うかのようなヘッドライトが。
本を読んでいた。
なんてところで本を読んでやがる……。
「長門ぉ…………」
呆れて脱力しながら言うと、長門は、
「見つかった」
と言った。
そこは可愛く『見つかっちゃった』とか言うところだろうが。淡々と無表情で、しかも本を見ながら言うんじゃない。
「とにかく出ろ。目が悪くなるぞ」
「対策は取ってある」
頭のヘッドライトを指差して言う長門。
「あのな、お前にとってはどうかは知らんが、ヘッドライトしててもこんな場所で本は読むものじゃない、大体、今は点けてないじゃないか」
「見つからないようにするため。必要な措置」
掃除用具入れから出ていつもの席に座った長門は、ヘッドライトを点けて読書に戻った。人の話を聴かない奴だな。意外に。
「あのな…………てかさ、長門」
「なに?」
光源が長門のヘッドライトのみ、ということ以外は極普通の放課後のようだ。
「見つからないようにするためっていうけど、あれじゃあ明らかに見つけてくださいって言っているみたいなものじゃないか?」
俺は立てた親指で掃除用具入れの傍に置かれた箒やモップを指差した。
すると長門は、
「……あなたが鬼だったから」
と呟いた。
……………………。
一瞬、どういう意味なのかわからず思考が停止した。
えっと、それは、どういう意味だろう?
ああ、そうか、そうだな、俺だったら確かに素通りするかもしれないしな。実際、素通りしかけたし。
俺はそういう意味で納得しかけたが、
「違う」
意外に強い否定の言葉が長門から返って来た。
「そういう意味ではない」
長門はこちらをじっと見詰めてくる。おい、額についているライトがこっちを照らして眩しいぞ。
てか、違う意味ってどういう意味だ。
俺はそう問いかけたが長門は本に視線を落として何も応えてくれなかった。
疑問を抱えたまま、俺は放置される。
…………だから、どういう意味だよ。
その後、俺は朝比奈さんと古泉は見つけたが、結局ハルヒが見つけられず、次の不思議探索の時に料金を払わされることが確定した。
「ふふふ! あたしは屋上のど真ん中に堂々と立ってたのよ? 上からあんたがかけずり回っているのを存分に見させてもらったわ!!」
そんな見つかりやすそうな場所にいたのかよ、と悔しく思った。
ずっと見られていることに気付かなかった俺も俺だが。
自慢げなハルヒの顔を思い出すと腹が立つ。
しかし…………結局長門があんな場所に隠れていた理由は、謎のままだ。
長門に改めて訊いても答えてくれなかったし。
意味を尋ねた時、微妙に長門が不機嫌そうだったのは…………気のせい、だよな。
気のせいだと、思いたい。
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