『戦闘遊戯』
第一章




 事の発端は、とある放課後のことだった。


「…………暇だわ」
 この言葉があいつの口から放たれる時、それは世界が危機を迎えている予兆だと言っても過言ではない。
 それを一番良く知っているのだろう。SOS団所属の超能力者は少し慌てて口を開いた。
「そ、そうそう凉宮さん。また推理ゲームのシナリオを考えているのですが…………やりませんか?」
 凉宮ハルヒは退屈しているとろくなことをしない。それを防ぐために、古泉は度々ハルヒに娯楽を提供している。
 全くご苦労なことだ。こいつが一番ハルヒの監視というべきか……ハルヒ関連の仕事をしているって感じがするな。
 しかし、今回ハルヒは推理ゲームにほとんど関心を示さなかった。
「推理ゲームもいいんだけど…………何かこう、違うのよ。もっとこうスリルのあるものというか、ね」
 推理ゲームは確かにスリルは無いよな。本当の事件と違って、どうしても解決しなければならないってこともないし。
「あたしが求めてるのは…………そう! もっと刺激のあるものなのよ!」
 シゲキッ○スでも食べたらどうだ。
「馬鹿みたいなことを言わないで。馬鹿な馬鹿キョン」
 ……馬鹿を強調しすぎだ。
 俺と古泉が黙ると、ハルヒは朝比奈さんを一瞬見て、すぐに視線を別の方に向けた。朝比奈さんに訊いても無駄だと悟ったらしい。
 まあハルヒが満足するような刺激のあるものを朝比奈さんが知っているわけないよな。
 ハルヒの視線は、部屋の隅で黙々と分厚いハードカバーを読みふける長門に向いていた。ハルヒは少しばかり迷ったようだが、
「ねえ、有希は何かいい案ない?」
 と訊いた。訊くだけ訊いてみようということだろう。
 案の定、長門は数秒間ハルヒを見て考えた後、首を横に振った。
 ハルヒも強く期待していたわけではなかったのだろう。あまり気落ちしているようには見えなかった。
「そうよねえ…………ん? ちょっと待って有希」
 ハルヒは長門の手元を指差した。
「有希。その本、題名は?」
 数瞬の間の後、長門が抑揚に乏しい声で言った。
「バトルロ○イヤル」
 それはまた長門にしては珍しい系統の本を…………ってか、やばいんじゃないか。これ。
 俺の直感が告げた通りのことが起こった。


 ハルヒの唇が、にやりと歪んだのだ。


 ああ、来た。来たぞ『悪魔の笑み』。
 よく言えば百ワット笑顔と言うのだろうがこれはまずい。
 こういう顔をしたハルヒが、ろくなことをしたことなどない。
「皆! よく聴いて!」
 机を勢い良く叩いて立ち上がったハルヒの笑顔は、もはや誰にも止められないことを説得力ばっちりに感じさせた。
 部室の中を見渡し、ハルヒは一息に言う。
「サバイバルゲームをするわよ!」








 知らない人のために説明しよう。
 サバイバルゲームとは、敵味方に別れ、エアガンを使って行われる、生き残りゲームのことだ。
 早い話が『大人の戦争ごっこ』。








「というわけで、とりあえず準備が必要ね」
 何が「というわけ」なんだ。大体、そんなサバイバルゲームが出来るような場所なんてあるのか?
 俺がそう言うと古泉がにこやかな笑みで、
「僕が知り合いに当たってみますよ。サバイバルゲームに詳しい友人もいますし、ひょっとしたら穴場を知っているかもしれません」
 と言った。何だか嬉しそうだな古泉。
「サバイバルゲーム、実はちょっとやってみたかったんです」
 そうかよ。まあ俺も別にやりたくないって訳じゃないけどさ。
「それじゃあ場所は古泉君頼んだわよ。あと武器の調達は……以前映画撮影をした時にお世話になったあそこで。えーと後は……」
 どうでもいいが、五人でやるのか? 少ない気がするが。
 俺がそういうと、ハルヒはぽん、と一つ手を打った。
「そうね。人数が少なすぎるわ。キョン、谷口の馬鹿と国木田を誘ってみて。鶴屋さんは…………どうかしら。来ると思う?」
 することがサバイバルゲームだからな。来ないかもしれんぞ。あの人は結構忙しい人だし。
「んー、とにかくみくるちゃん、訊くだけ訊いてみて」
 ハルヒに言われて頷く朝比奈さん。
「あと…………コンピ研連中も連れて行きましょうか。雑魚キャラも必要だしね」
 雑魚キャラに任命されたコンピ研連中。可哀相に。
「あとは…………ゲームにはルールも必要よね。それはあたしがその日までに考えておくわ。あー楽しくなってきた!」
 キュキュっというマジックの音が響いたと思ったら、いつの間にかハルヒの腕に『隊長』と書かれた腕章が。早いなオイ。
 ハルヒの退屈が解消されたことを、喜ぶべきか悲しむべきか…………まあ、とりえあず溜息を吐いておいた。








 時は進んで休日の午後三時。
「…………ここか? 古泉」
「そうです。どうですか?」
「最高よ! でかしたわ古泉君!」
 興奮したハルヒの叫びも、仕方ないという気分になる。
 目の前に、巨大な廃墟が佇んでいた。
 どうやら昔は学校として使われていたらしい。校舎のような建物だ。階の数を数えてみると、五階まである。幅はおよそ十数メートル。奥行きはおそらく五十メートル前後。
 一般的なティッシュの箱を思い浮かべて貰いたい。その横面を下にしたような形だと言えばわかりやすいだろうか。
 古泉の説明によると、両端と中央に階段があり、両端の階段は一階から最上階まで続いているが、中央の階段は三階までしかないとのこと。
 両端の階段と中央の階段の間に教室のような広い部屋がいくつかあり、廊下の広さは幅五メートルくらいで広い。ところどころに机や椅子、それに何故かダンボールの山が置かれていて、かなり障害物がある。
 廊下の端と端に立つと、暗いせいもあるがお互いの姿も良く見えないらしい。
「ここはサバイバルゲーム愛好家達に穴場として知られているそうですから…………少しばかり改造が加えられているのかもしれません。見るのに不自由しない程度に電気もつきますよ」
 しかし不気味だな。
「サバイバルゲームをするには、これ以上ない環境だと思いますが?」
 確かに。
 ハルヒはここに辿り着いてからというもの、嬉々としていた。
「じゃあ、ルールを発表するわよ!」
 そう言って、ハルヒは居並ぶ野郎ども(三名を除く)を見渡した。
 集まったメンバーはSOS団の五人と、コンピ研五人。それと谷口。そして鶴屋さん。
 その十二人だった。ちなみに国木田は来たがっていたが、どうしても外せない用事があるとのことで来れなかったのだ。どうせなら国木田の方が良かったな。
「キョン。何か俺に対して失礼なことを考えてないか?」
 突然谷口が俺に向かってそんなことを言ってきた。
 鋭い奴め。
「こら、そこ! 私語は厳禁よ!」
 ハルヒは俺と谷口を一喝してから、改めて皆を見渡した。
「まず、ルールは簡単。二組に別れて、陣地を決めて、そこを守り抜く。陣地に敵が入り込んだら、その場で入り込まれた側の負け。ちなみに、銃弾を三発受けたら負傷兵となって、衛生兵役の人に本部に連れて行ってもらわないといけません。本部に辿り着いて五分経ったら復活。復活出来る回数は無制限ね。あと、衛生兵に対する攻撃は無しよ」
 ふむふむ。
 つまり陣地を守りながら敵の陣地を攻めて、三発撃たれたら無敵の衛生兵に本部に連れて行ってもらい、五分経ったら復活出来るってことか。
 実際の戦闘では復活なんて出来ないけどな。
「わかってるわよ。これはあくまでも遊びだし、復活無しってことにしたらすぐに人員が尽きちゃうでしょ? これだけしかいないんだから」
 別に文句を言ったんじゃねえよ。
「プレイ中は必ずこのゴーグルを装着してください。万が一目に当たったら大変ですからね」
 そう言って、古泉は透明なプラスチックで出来たサングラスみたいな物をを全員に配った。
「武器は手当たり次第に持ってきたから、好きなの取りなさい」
 どっさりと、銃を予め敷いていたシートの上にぶちまけるハルヒ。もっと丁寧に扱えよ。
 一体どんな脅しをしてこれほどのエアガンを手に入れたのやら……。
「全員にトランシーバーを配るわ。離れた仲間と連絡を取りたい時に使って」
 おいおいおい。それ、どっから取ってきた?
「『借りた』のよ」
 …………あえてこれ以上は何も言わないでおこう。
 ようやくこれで準備は万端。
 ハルヒは早速ゴーグルを装着し、堂々とした態度で宣言した。
「それじゃあ、サバイバルゲーム、始めるわよ! 最初の組み合わせは決めて来たわ。二回目以降はこのくじ引きで決めるわよ」
 最初の組み合わせはこういう物だった。


 Aチーム:SOS団五人+谷口  衛生兵役:朝比奈みくる
 Bチーム:コンピ研五人+鶴屋さん  衛生兵役:鶴屋さん


 最初は小手調べという感じらしい。
 ちなみに鶴屋さんは「最初は様子見たいからっさ! 衛生兵役をするさ!」といつもの元気な声で言っていた。あの人を見てると元気になりそうな気がするな。
 こうして、サバイバルゲームは始まった。




 最初のゲームは、SOS団チームが勝った。長門の精密射撃は現実でも有効らしく、的確に敵の五人を順に片付け、悠々と陣地を占拠したのだ。
 二回目以降の組み合わせは、俺と長門、それに鶴屋さんとコンピ研の三人になったり、俺とコンピ研の一人と女子四人になったり、長門、鶴屋さん、ハルヒの最強三人が俺と古泉とコンピ研の部長と一緒になったりと、かなりごちゃごちゃな組み合わせになった。
 サバイバルゲームは中々に楽しく、時間を忘れて過ごしていたのだが…………。




――『それ』は、唐突にやって来た。











第二章に続く
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