バレンタインデーのお返しをする日。
ホワイトデー。
何でバレンタインデーの対となる日が『白い日』なのかは知らないが、別にどうでもいいことではある。
俺がいま問題にするべきことは、他にあるからな。
SOS団の女性陣から貰ったチョコレートのお返しを考えなければならないのだ。
俺はデパートの中を歩きながら暫し考える。
返すのは三人。それぞれの趣味は大体把握している。
ハルヒには何を買ってやろうか……世界の不思議大全とかよさそうだが、すでに持ってそうだな。
アクセサリーの類は別に興味無さそうだし、服は趣味がわからん。
うーむ。何を買ってやるべきか……。
「あなたが買ってくれたものなら、なんでも喜ぶと思いますよ?」
そうか? 下手なもん買ったら吹っ飛ばされそうだ……って。
「古泉。お前は本当に神出鬼没だな」
「気にしたら負けですよ」
自分で言うな。
「で? 何でお前、いまさっき俺が考えていることがわかったんだ? 超能力は閉鎖空間限定じゃなかったのか?」
「読心術なんて、使うまでもないですよ。デパートの中をうろうろして、何か考えている風情で、そして今日は3月13日。明日は何の日か考えれば、容易く知れるというものです」
デパートの中を歩いていたのを見られてたのか……むしろ、ストーカーだなお前。
「よくわかりましたね」
なにをさらりと肯定しているんだお前は。
「冗談ですよ」
本気だったらお前との縁は即切るぞ。
「実は僕も明日のお返しを買いに来たんですよ。
ほう、それは奇遇だな。何を買うかは決めたのか?
「それは……いえ、止めておきましょう。実は僕もまだ決めていないのですよ」
嘘付け。その手にぶら下げている物はなんだ?
「おや、気付かれましたか。あなた、探偵になれますよ」
別に成りたくもない。
「僕はもう買いましたので、これで失礼します。では……」
古泉の奴はいつも通りの零円スマイルのまま去って行った。
何だったんだ、いまのは……。
俺は思わず溜息を吐き、再び歩き出す。
―――その袖が、小さな力で引っ張られた。
いつの間にか、この行為はこいつ限定のものになったな……少なくとも、俺に限定して言えばこいつ以外にこんなことをする奴は思い浮かばないし。
「……どうした? 長門」
そう。長門だ。これで外してたら恥ずかしいことこの上ないが。
幸い思った通り、見下ろした先に長門有希がいた。
「…………」
いつも通り、無言かつ無表情な奴だ。
実際、何を思っているのか俺にもよく分からんときがある。
まあ大抵はわかるけどな。
「長門。お前も何か買いに来たのか?」
「……本屋」
なるほど。
まあ、長門が買いに来るようなものといえば、それしかないよな。
「……そうだ、長門。実はバレンタインのお返しを買いに来たんだけどさ」
長門には本を買おうと思っていたところだし、希望を聞いた方がいいだろう。
変な本を買っても、ハルヒならともかく、長門は文句も何も言わないだろうからな。
「…………」
希望を訊いただけのつもりだったが、長門は首を軽く首を傾げたまま固まってしまった。
これは実際に本屋に行った方が早いな。
「一緒に行くか?」
暫しの沈黙の後、長門が軽く頷いた。
そして。
「長門、本当にそれでよかったのか? それ、児童書だぞ?」
俺が長門に買った本は、小学生くらいが対象だと思われる児童書で、とある森の中にすむ少年が主人公の本だった。
俺は読んだことはないが、妹が同じシリーズを読んでいた気がするな……。
そんなもんでよかったのかどうか気になったが、長門はこくり、と頷いたので、まあ、不満は無いんだろう。
「大事にする」
両腕で大事に抱えているが、そんなに高額な本でも無いのに。
その他、ハルヒと朝比奈さんのための本を買った俺は、長門と一緒にデパートの入り口までやってきた。
まだ夕方にもなっていない時刻にも関わらず、かなり暗くなっているのは、分厚い雲が空を覆っているからだ。
文学的に表現すれば、『いまにも泣き出しそうな空』ってことになるか。
「長門、送っていこうか?」
こいつなら……仮に暴漢百六十五人に襲われても大丈夫だろうが……まあ、心情的なもんだ。女子を暗い中一人で帰すのは、男子としての矜持が許さない。
長門も意外に素直に頷いたので、俺と長門はとりあえず長門の家に向かった。
道中特に話すこともなかったし、特に何をするでもなかったがな。
そして、長門のマンションからほど近い公園を通りかかった時、空から純白の結晶が降り出した。
「うわっ……とうとう降り出したか……」
長門ならたとえ零下15℃の中、裸で立っていたとしても風邪など引かなさそうだが、これもそういう理屈じゃなくて心情的に許せないので、俺は少し早足になって長門のマンションに急ごうとした。
だが。
「長門?」
今まで俺の横をしっかりと付いて来ていた長門が、立ち止まってしまった。
その視線は、空をまっすぐ眺めている。
本を抱えていた両腕のうち、右手の掌を上に向けて、まるで落ちてくる結晶を受け止めようとしているかのようだ。
「長門、風邪引くぞ」
風邪など引かないだろうけどと思いながら、俺は長門に声をかける。
長門は黙ったまま、少しの間じっとしていたが、不意にこちらを向いて、大人しく従ってくれた。
少し先行していた俺に追いつき、また平行して歩く。
雪が降りしきる白い世界。
積もったばかりの雪に足跡を付けながら、俺と長門は一緒に歩く。
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