System Error




―――その時、わたしは次に起こる事象を予測していたが、動かなかった。


 場所は形式上は文芸部部室であり、事実上はSOS団の活動本部。
 状況は本日の授業が終わった放課後。
 現在部室にいる人間は彼、古泉一樹、朝比奈みくる、そしてわたしの四人。凉宮ハルヒは何かの準備のためにまだ部室に姿を現していない。
 そんな状況の中、それぞれがいつも通りのそれぞれの行動をしていたのだが、一人、いつもと違う行動を起こした人間がいた。
 お茶を入れていた朝比奈みくるである。
 彼女は今いる人数分の御茶を入れ、それをお盆の上に乗せて全員に配ろうとした。
 ところが朝比奈みくるは、床に置かれていた凉宮ハルヒの私物に足を取られて、転んでしまったのだ。
 当然、彼女が手にしていたお盆の上に置かれていた湯飲みは、彼女が驚いた拍子に大きく舞い上がり、部室の宙を放物線を描いて飛ぶ。


 わたしは、この次に起こる事象を予測していたが動かなかった。


 何故なら、あまりに見事に湯飲みを空に飛ばした朝比奈みくるの行動を、以前凉宮ハルヒに指示されていたことを実行に移したのだろう、と思ったからだ。
 凉宮ハルヒの指示とは『お茶を持ってくるときは三回に一度の割合でコケてひっくり返しなさい』という指示のこと。
 あの指示を実行したものだと思っていたが…………。
「ああ、キョン君ごめんなさい!」
 狼狽した朝比奈みくるの言葉を聴いて、凉宮ハルヒに命令されていたわけではなく、純粋に失敗した結果のようだとわかった。対処をするべきだったかと思ったが、時を戻すことはわたしには出来ない。
 頭に湯呑みが直撃した彼は、当然それだけで済むはずもなく、頭からお茶を被る破目になってしまった。
 幸い、火傷するような温度ではなかったらしく、彼は『服と身体が濡れた』という事象のみに不快感を表していた。
 頭からお茶を被る破目になったというのに、彼は朝比奈みくるに対して不満を表すことはなく、
「大丈夫ですよ。朝比奈さん。気にしないでください」
 と、朝比奈みくるの非をあっさりと許容してしまった。
 無論、朝比奈みくるの方はそれでよしと出来るような性格ではない。
 ポケットからハンカチを取り出して、濡れた彼の髪とシャツを拭き出した。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。あ、熱かった?」
「大丈夫ですって。ハンカチが勿体無いですよ、朝比奈さん」
「でも、ちゃんと拭いておかないとシミになってしまいますぅ」
 必死になって彼の服と髪を拭き続ける朝比奈みくると、少し困ったような笑い顔で成すがままになっている彼。
 …………。




―――システムエラー検出。




 わたしは二人の間に割り込んで、二人の身体を引き離した。
 突然のわたしの行動に、二人が驚きの表情を浮かべる。
「長門…………さん?」
「長門? どうした?」
 二人の疑問は当然のこと。
 だからわたしは行動の理由を論理的に理路整然とした言葉で端的に説明する。
「…………」




―――エラー検出。




 彼と朝比奈みくるの間に割り込むという行動の理由を記憶領域から検出しようとしたが、弾き出されたのは行動の理由が見つからないというエラーデータ。
 理由を答えることが出来なくなったわたしは、口を閉じて沈黙する。
「えっと…………長門、さん?」
「本当にどうしたんだ?」
 完全に戸惑っている二人が再度尋ねかけて来たが、わたしは答えを持っていない。
 沈黙を守るしか無い。


―――その時、常人よりも優れている聴覚がある音を捉えた。


「来た」
「へ?」
「は?」
 思わず呟いた声に、二人が不思議そうに首を傾げたが、わたしはそれらを無視して元の位置に戻る。
 それとほぼ同時に、ドアを蹴り破るようにして凉宮ハルヒが部室に飛び込んできた。
「おっまたっせー! …………ん? キョン、あんた何で濡れてるの?」
「ああ、これは…………」
「ごめんなさい! わたしが…………」
 凉宮ハルヒに彼と朝比奈みくるが状況説明をし始める。
 わたしはそれを視界の端に入れながら、再び本を読み始めた。
「なるほど、つまりこういうことですか」
 わたしに向けて、呟く声が聴こえた。誰の物かわかったわたしは、あえて顔を上げたりせず、黙ったまま読書を続ける。
 元々わたしの反応など期待していなかったのか、声の主、古泉一樹は呟きを続ける。
「長門さんは、彼と朝比奈さんが仲睦まじくしている光景を、凉宮さんに見せるのを防いだのですね? 彼と朝比奈さんが仲良くしている光景を見たのをきっかけに、凉宮さんが世界を改変しかけたこともありましたし」
 目線だけで古泉一樹の方を見ると、古泉一樹は楽しげな顔付きで笑っていた。何か含みのある笑い。全てわかっていると言っているような、そんな笑みだ。
 わたしは古泉一樹に言葉を返すことはせず、手元の本に視線を戻した。
 戻しはしたが、文章を読み始めたわけではなかった。
 先程の行動、その理由。
 それは、本当に古泉一樹の言った理由だったのだろうか?
 論理的な思考回路は、そうではないと告げている。凉宮ハルヒの接近音を聞き留めたのは、行動を起こしたその後だった。
 考えられるのは、いつやってくるかわからない凉宮ハルヒを警戒して、二人の間に割り込んだということだ。それならば納得できる。
 その理由を彼に尋ねられた時、即座に答えられなかったのはシステムエラーのため。
 それが正解。きっと。




 わたしはもう一つ『彼と朝比奈みくるを引き離した理由』を思い浮かべたが、それは否定しておくことにした。








『System Error』終


補足
 この小説は、かつて『空之彼方』というサイトで受けたキリ番リクエストで書いた小説です。
 題名:『System Error』・ヒット:44444・ゲッター:幻鬼神 様


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