【KATHARSISTEM】
〜カタルシステム〜




 SOS団とは、


 S……世界を
 O……大いなる魔の手から救うための
 S……凉宮ハルヒの団


 の略らしい。
 なんのこっちゃ、と思った奴。俺と同じだ。
 仲間! いや同志だ!
 だからここに来て俺と役割を替わってくれ、頼む。








「……色々と言いたいことはあるが」
「おっしゃってくださって構いませんよ?」
 そう言いながらも、やっぱり拳銃を抑えている古泉。
 本当に良い性格をしてやがるよ、ほんと……。
「……いや、いい。続きを頼む」
「それでは僭越ながら。SOS団は名称からも分かるとおり、凉宮さんを中心とする集団です。目的はこれもまた名称からわかるように、世界の救済です」
「……どういうことだよ、その世界の救済っていうのは」
 これくらいなら、話を遮ったことにはなるまい。
 幸い古泉は拳銃に手を伸ばすことなく、俺の質問に答えた。
「そうですね……一般人の貴方にもわかる言い回しをするならば……悪の組織を倒す、と言った感じでしょうか」
 至極真面目な顔でそんなことを言う古泉。
 俺は四半秒考えて、呟く。
「……俺、帰っていいか?」
「ダメって言ってるでしょ、馬鹿キョン」
 正直な心境を呟いたら、涼宮にダメ出しされた。くそう。
「いやていうかさ。いまどき悪の組織って……幼稚園児対象の戦隊物でも、主人公の敵役の組織にはまともな名称があるぞ?」
「ですから、貴方にもわかる言い回しをしたのですよ」
 おいこら、『一般人の』を抜くな。
 その言い方だと、俺が幼稚園児以下のように扱われている気がするだろ。
 ……いや、実際そう扱われているのか。
「まあ、そこはスルーしよう……で、何で俺を家に帰してくれないのか、その理由を聴こうか」
「簡単に言えば、凉宮さんに接触した、あるいは関わり合った人間は無事にすまないから、です」
「……もう少しわかりやすく、というか、一から頼む」
 古泉はやれやれ、とでも言いたげに肩を竦めた。
 言っておくが、さっきの説明で納得出来る奴の方が珍しいと思うが。
「そうですか? しかし困りましたね……これ以上の説明は僕には荷が重いです」
 ……俺、こいつに対して何かしたか?
 さすがに酷過ぎじゃないか?こいつ。
「古泉くんがダメなら……そうね…………有希。お願いできるかしら?」
 仕方無いとでも言いたげなハルヒが命じると、今までずっと我関せずで本を読み続けていた長門が顔を上げた。
 凉宮を一瞥した後、俺の方を見る。
 硝子のような無機質の瞳がこちらを見ている。
 そして、薄い唇が開かれた。
「……うまく言語化出来る話ではない。情報の伝達に齟齬が発生するかもしれない」
 長門がこれほど長く喋ったのを聴くのは初めてだな……って、ゲームでレアなイベントをこなしたような気分になっている場合じゃない。
 俺は微妙に早口な長門の言葉を聞き漏らさないように集中した。
「凉宮ハルヒは、普通の人間じゃない」
 そりゃ拳銃を振り回す女子は普通の人間じゃないだろ。
 少なくとも、この現代日本においては。
 思わずそうツッコんでしまったが、長門は軽く首を横に振る。
「そうじゃない。拳銃を振り回すという性質も確かに特性ではあるけど、その特性は重視されていない」
 じゃあ、他に重視すべき特性があるっていうのか?
 長門は軽く頷いて続ける。
「凉宮ハルヒは三年前、世界を滅ぼそうとしている『機関』の情報を得た。その行動を阻止するために凉宮ハルヒは行動を開始し、そしてSOS団を結成した。その『機関』の情報を得ているという特性こそ、重視されている特性」
 ……世界を滅ぼす? どうやってだ。
「直接的な事象を説明できる言語は存在しない。しかし世界を滅ぼせることは事実。正確には世界を創りかえるというニュアンスが適当」
 ……世界を創りかえるって……それこそどうやって、という感じだが。
「我々も全てを細部まで理解しているわけではない。わかっているのは、その『機関』が造っている【装置】というものがあるということ。それを破壊すれば、世界を創りかえることを阻止できる」
 そもそも、凉宮はどこからそんな情報を手に入れたんだ?元は普通の人間だったんだろ?えーと、三年前だったか。その時に何があったんだ?
 その経緯が納得できるものだったら、その荒唐無稽な話を信じてやる。
 この質問に対しては、凉宮自身が応えた。
「わかっちゃったのよ」
 何がだ。
「急に、突然に、何の前触れも無く、『そういうことを企んでいる機関がある』ってことがね。そんで実際に確かめてみようとしたら、いきなり殺されそうになったから、逃げて、追われたから抵抗するためにこのSOS団を作ったのよ」
 ……だから一体どれだけご都合主義なら気が済むんだ。
 そんな経緯で納得出来るか!
 親がその機関に所属していて、偶然にも機関がそういうことを企んでいることを知ってしまって、機関によって口封じに殺されそうになり、最後の力を振り絞ってその情報を我が子に託して死んでいき、その遺志を受け継いだ子供が組織の企みを遮るために立ち上がった、とかそんなベタな経緯の方がよっぽど納得できる!
「仕方無いじゃない。それが事実なんだから。さっきみたいにあいつらに追い回されてるってことが、あたしが正しいって証明のようなものよ」
 自信満々にそんなことをいう凉宮に何か言ってやろうと口を開きかけたが、長門が話を再開したのでとりあえず開きかけた口を閉じた。
「とにかく、その情報が外に洩れることを『機関』は恐れている。こんな話を信じる者は少数だと思われるが、それでも念には念を入れるのが『機関』のやり方。一度でも凉宮ハルヒに接触・会話した人間は例外なく処分される」
 処分。
「殺されるということ。それだけのことをする力がその機関にはある」
 それが、と長門は続けた。
「あなたがここにいなければならない理由」
 絶句する俺を置いて、全ての説明は終わったらしい。
 長門は元のとおりに読書に戻ってしまう。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! そんな滅茶苦茶な話、信じられるか! お前らの妄想じゃないのか?!」


 轟音。


 俺は右側頭部に衝撃を感じて、右耳を抑えた。
 響いた轟音に耳の奥がキーンとなっていたが、その耳朶に淡々とした長門の声が響く。
「冗談や妄想の類で、本物の銃器を所持しているというのは普遍的なこと?」
 いつのまに抜いたのか、長門の手には拳銃が握られており、悪い予感がして振り返ると、俺の後ろに置かれていた木箱に銃弾の痕が残っていた。
 俺の側頭部を掠める形で撃ったのだろう。
 衝撃波とかそういうのも計算していたらしく、全く痛みは無かったが、大音声が響いたことにより、俺の聴覚はまともに機能していなかった。
「さすがは長門さんです。空き箱に撃つことによって兆弾を防ぐとは。ちゃんと計算しているんですね」
「ちょっと有希! やるならやるって言ってからにしてよね! 耳が痛いじゃない!」
「あううう〜、耳が痛いです〜」
 いや、まあ何と言うか。
 少しは信じてもいいような気がしてきたよ。
「そう」
 半ば以上びびりながら言った俺の台詞に、長門はやっぱり軽く頷いただけだった。









4に続く
小説ページに戻る