【KATHARSISTEM】
〜カタルシステム〜




 折角危険な場所を無傷で駆け抜けたのに、いらぬところで負傷してしまった。


 俺はまだ痛む鼻を押さえて、海の上を進むモーターボートの中でぼんやりと海を眺めていた。
 全く、なんでこんなことやってんだろうな。
 俺の鼻をぶん殴った張本人であるハルヒは運転席の古泉と楽しそうになにやら会話を交わしている。
 次の計画のことでも話しているのかね。
 俺は先ほど自分が死ぬ思いをして背負ってきた荷物を見下ろした。
 そういえば、言われるがままに背負ってきちまったけど……これって、なんなんだ?
「それは武器。手榴弾、銃弾、ナイフが入っている」
 簡潔な答えをありがとう長門……って、武器!?
「どこから武器を調達しないと、すぐ尽きちゃうでしょうが。ま、敵から奪ってるだけじゃないんだけどね」
 ハルヒが助手席から口を挟んできた。
 お前、古泉と話してたんじゃなかったのか?
「しかし……」
 先ほど、盛大に銃やら手榴弾やらを使ってなかったか?
 武器を奪うために武器を使う。
 はっきり言って、無意味な行動とさえ思えるのだが……。
「武器を調達するのは本目的ではない」
 長門は文庫本を読みながらそう呟いた。
 ……いや、ちょっと待て。
 いまここは夜の海上だぞ? 手元も真っ暗だ。本なんか読めるのか?
 気にはなったがいま重要なのはそこではなかったので、黙って続きの言葉を待った。
 続きを引き継いだのは、古泉。
「あの施設にあった情報を奪うのが本来の目的だったんですよ。例の『装置』の手がかりを示したデータでしてね。武器はそのついで、というわけです」
 例の『装置』ねえ……。
 どういうカラクリなのか知らないが、世界を変換させてしまうという『装置』。
 それを破壊して世界の変革を阻止することこそ、SOS団の目的らしい。
 しかし、『装置』って……安直というか、名前くらいつけろよ、と言いたくなるな。
 そんな手抜き、いまどきどんな物語でも見られないぞ。
「確かに安直といえば安直ですが……僕が推測するに、使おうとしている方々も『装置』の詳しいことはわかっていないのではないかと。だから何か適当な名前を付けようにも付けられないということです」
 いい笑顔で古泉。
 古泉……なんかお前、そういう説明というか、推理するときに凄くいい顔をするよな。
 何か理由でもあるんだろうか? 聞いても教えてくれなさそうだけど。
 そういえば、何で俺は古泉に嫌われているんだろうな。謎だ。
 そうこうしているうちに、モーターボートは人気のない海岸に着き、俺達は上陸した。
 ここから暫く歩いた閑静な倉庫街にSOS団のアジトはある。
 モーターボートを人目がないところに隠す古泉を手伝い、上手く隠した後は各々荷物を持って路を歩いた。
 先頭にハルヒと古泉。最後尾に長門。間に挟まれるように朝比奈さんと俺という形だ。
 敵の襲撃があったとき一番いい布陣らしい。
 アジト付近で敵に出くわしたことはないが、用心には用心をというわけだろう。
 アジトの近くまで来ると、ハルヒが全員に止まるように指示する。
「それじゃあ、あたしと古泉くんでアジトに敵が先回りしてないか一応チェックしてくるわね。キョン、みくるちゃんはここで待機。有希は二人を護って」
 長門はこくり、と首だけで頷く。
 それを確認したハルヒと古泉は、油断なく銃を構えながらアジトの方に向かっていった。
 後に残された俺達は、木陰に隠れてハルヒ達からの合図を待つ。
 長門は周囲を警戒しつつ、本を読んでいた。
 そういえば、こいつは僅かな時間があれば本を読んでるな。
「……なあ、長門」
「なに?」
「暇さえあれば本を読んでるみたいだけど……そんなに本は面白いか?」
 俺も昔は良く読んだものだが、ここ最近は全然読んでないな。
 答えてくれないかな、と思ったが、長門は静かに答えてくれた。
「知りたいことがある」
 知りたいこと?
 俺が先を促すと、相変わらずの無表情で淡々と長門は答えてくれた。


「人について」


 その答えを言ったとき、ほんの僅かに長門の表情に変化があったような気がした。
 どういう感情だったのか、いや、本当に表情は変化していたのか?
 付き合いが浅い俺には確証が持てなかった。
 それにしても……人について?
 どういう意味だ?
 気になった俺は、続きを聞こうしたが、急に長門が歩き出したので言葉を飲み込みざるを得なかった。
「長門さん?」
 朝比奈さんが不思議そうに長門に呼びかける。
 長門はいつもの冷静な表情と声で。
「凉宮ハルヒと古泉一樹からの合図が遅い。様子を見に行くべき」
 そういえば……いつもならもう合図が来ていてもおかしくない筈だ。
 まさか、敵が待ち伏せしてて、やられちまったとか?
 最悪のパターンが頭を過ぎったが、長門は首を横に振った。
「銃声の一発もしないのはおかしい。銃を使わずに襲撃をかけたとしても、あの二人を全く物音を立てずに倒すのはほぼ不可能」
 長門ほどではないが、あの二人も強いしな……確かに、妙だ。
「俺達もついていった方がいいか?」
「これ以上の分散は得策じゃない」
 ついてこいってことだな。
 俺は朝比奈さんに声をかけ、武器はその場に隠していくことにした。
 異常事態じゃなかったらすぐに戻ってくればいいし、もしも異常事態だったら逃げるときのために身軽の方がいいからだ。
 先行する長門から五歩ほど離れた後ろから、俺と朝比奈さんがついていく。
 アジトのドアまでやってきた長門は、ドアの横の壁に取り付き、身振りで俺達に反対側のドア横の壁を示す。
 俺と朝比奈さんは示された通り、ドア横の壁に取り付いた。
 長門が手を伸ばし、ドアを開ける。
 ドアが開ききっても中から銃弾が飛んでこないことを確認したのだろう、絶妙のタイミングで長門が中に飛び込んだ。
 銃声はしない。
 恐る恐る俺と朝比奈さんが中を覗き込む。




――その時、俺の背後から気配がした。




 その気配に気付けたのは、偶然としかいいようがなかった。
 地面を踏みしめる僅かな音。
 それが耳に入ったのだ。
 振り向いて確認するわけにもいかず、俺は部屋の中を覗き込んだまま、耳を澄ませた。
 気のせいであって欲しいと思ったが、また僅かな音が聴こえる。
 まずい。
 朝比奈さんは気付いていないらしく、部屋の中に踏み込んだ長門の方を熱心に見詰めていた。
 部屋の中に飛び込むか?
 いや、間に合わない。
 その前に撃たれてしまうだろう。
 もうかなり近い位置まで足音が近付いてきている。
 俺は覚悟を決めた。
 どうせ間に合わないなら、せめて朝比奈さんだけでも。
 さりげなく手を動かし、朝比奈さんの背中に添える。
 添えられた手に朝比奈さんが気付くよりも先に、俺は朝比奈さんを部屋の中に突き飛ばした。
 いきなりの衝撃に耐え切れるほど、朝比奈さんは力強くない。
 ものの見事に吹き飛んだ。
 俺は心の中だけで朝比奈さんに謝る。
(スイマセン朝比奈さん)
 手を伸ばしてドアを叩きつけるようにして閉めた。
 これで長門が事態を呑み込むまでの時間が稼げる。
 外に残った俺は間違いなくやられるだろうが……最後の抵抗という奴だ。
 俺は勢い良く振り返りながら、叫んだ。
「誰だ!!」
 俺の後ろに立っていたのは、


「ありゃりゃー、意外にやるねぇ新入りくんっ。まさに的確な行動! おっどろいたさっ!」


 やたらとハイテンションな女の人だった。








6に続く
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