【KATHARSISTEM】
〜カタルシステム〜




 突如として現れたやたらとハイテンションなその人は、無造作に距離を詰めてきた。
 そして俺を「ふーん」とか「へえーっ」とか言いながら見てくる。
 あれ、この人は敵じゃないのか?
 敵意は感じられないが……。つーか、この人もまたハルヒや朝比奈さんに負けない美少女だな……SOS団に引きずり込まれてから、美少女比率が格段に上がっている気がする。
 あ、もちろん長門も悪くないんだが、他の三人が飛びぬけ過ぎてて目立たないのだ。
 そういえば、古泉もイケメンだったな……。
 何だこの団は。ハルヒは顔の造形で団員を選んでいるんじゃないだろうな。
 もちろん、俺が例外であることは言う必要もないことだ。
 そんなどうでもいいことを考えていると、目の前のその人が快活な笑顔で口を開いた。
「君がキョンくんだね? はじめましてっさ! 君のことはハルにゃんからよっく聴かせてもらったよっ!」
 どうやら本当に敵ではなかったようだ。
 SOS団の一員だろうか?
「違う。彼女は協力者。我々に武器や物資を供給している」
 いつの間にかドアが開いていて、そこから長門が出てきていた。
 協力者だったのか……朝比奈さんを突き飛ばしちまったけど、突き飛ばし損ってことかよ……。
 長門の陰から顔を見せた朝比奈さんは、恐る恐るという感じでこちらを見ていた。
 俺は思わず朝比奈さんに謝る。
「いきなり突き飛ばしてすいません朝比奈さん……俺の早とちりだったようです」
「い、いいえ! 謝らないでくださいキョンくん」
 なんと答えるべきか。
 突き飛ばしちまったのは事実だしな……。
 弱る俺に、長門がいつもの冷静な声を投げ掛けてくる。
「朝比奈みくるを部屋の中に突き飛ばしたのは正しい判断。相手が敵だった場合の的確な行動だった。床に倒れ込みかけた朝比奈みくるはわたしが支えたため怪我もない。問題は無視していいレベル」
 それはそうかも知れないけど、でもなあ……。
 しかし、突き飛ばされてきた朝比奈さんを支えられるとは……意外に長門って力持ちなのか?
「謝るならあたしたちの方っさ。こっそり背後に回り込んでみくるとキョンくんを驚かそうとしたのはこっちだからねっ」
 言いながらその人は背後の茂みを振り帰る。
「だよねっ、ハルにゃん」
「……そうね」
 茂みの陰からハルヒと古泉が現れた。
 つまりは一種のどっきりだったのか。
 お前らなあ……。
「キョンのことだから、絶対気付かないでめちゃくちゃ驚くと思ったのに。意外だわ」
「確かに驚くほど良い動きでしたね。少し感心しました」
 ハルヒのそれは褒めているのか? 馬鹿にされているとしか思えんぞ。
 そして古泉、お前に褒められると不気味だからやめてくれ。








「いっやー、SOS団に新人さんが入ったって言うからっさ。どんな人だろうって気になったのさっ。驚かせて悪かったねっ」
 いつものアジトの一室。
 そこは現在、いつもの数倍は騒がしくなっていた。
 SOS団の物資供給協力者は、鶴屋さんという名前らしい。
 テンションが高いときのハルヒ並みの元気さだ。
 よく持つなこんなんで……。
 ハルヒと馬が合うらしく、二人して騒いでいる。
 ちなみに、鶴屋さんと朝比奈さんの間には決して浅くない関係があるようで、朝比奈さんも何だか楽しそうだ。
 古泉はそんな皆の姿をいつもの微笑みを浮かべながら眺めている。
 長門は……いつもの如くいつものように窓際の席で本を読んでいた。
 この部屋のその位置で長門が本を読んでいるのは、俺の中でもはや見慣れた景色というか、いなかったら事件が起こったのかと思うほど当たり前の光景に成りつつあった。
「ところでハルにゃん。今日はいいもの持って来たんだよっ」
 突如として、鶴屋さんが胡散臭いテレフォンショッピングの常套句のようなことを言い出した。
「へえ、面白そうね。なに?」
 残念ながらハルヒは胡散臭いとは思わなかったようだ。
 興味津々、という感じで身体を乗り出して聞いている。
「なんっとっ! 本日超特価の商品はこちらさっ!」
 ジャジャーン、とかいう効果音が鳴りそうな動作で鶴屋さんが何処からともなく取り出したのは……、
「メイド服かよっ!」
 思わず突っ込んだ俺に対し、鶴屋さんがちっちっと指を振る。
「違うよキョンくん! これはウェイトレスの衣装さっ!」
 いや、そんな細かいとこはいいんですよ。
 なぜにウェイトレス?
「なぜにって……うーんちょっと待ってるにょろ」
 そう言いながら部屋を出ていく鶴屋さん。
 ……にょろ?
 さほど待つということもなく、再び鶴屋さんが部屋に入ってきた。


――なぜか、先ほどのウェイトレスの服を着て。


 そして堂々と豊かな胸を逸らして言った。
「どうにょろ? めがっさ似合ってると思わないかなっ?」
 そりゃもう似合ってるかどうかならすげえ似合ってます。
 しかしちょっと待ってくれ。俺は『なぜウェイトレスの服を持ってきたのか』ということを訊いたつもりだったんだが……。
「みくるの分もあるのさっ」
 ジャジャーンと、再び鶴屋さんがウェイトレスの衣装を取り出した。
 ハルヒが楽しそうに朝比奈さんを捕縛する。
「いいわねっ。みくるちゃん今日はウェイトレスの姿でお茶を入れなさい! ほら、ちゃっちゃと着替える!」
「ふ、ふええええっ」
 追い剥ぎに合っているかのような声をあげる朝比奈さん。実際服を剥がれかけている訳だが。
 苦笑しながら古泉が立ち上がって俺に目配せをしてきた。
 確かに、俺たちがここにいるわけにはいかないな。
 立ち上がり、古泉と一緒に部屋の外に出た。
 閉めた扉の向こうから朝比奈さんの「じ、自分で脱ぎますからぁ」とかいうちょっと憐れな悲鳴と「ほらほらちゃっちゃと脱いだ脱いだ!」とか「華麗に変身大変身っさ!」とかいうハルヒと鶴屋さんの姦しげな声が聴こえてくる。
 朝比奈さん、可哀想に……すいません。あの二人は止められません。
 憐れな朝比奈さんに同情しつつ、着替えが終わるのを待っていると古泉が話しかけてきた。
「正直、僕はあなたをこのSOS団に入れるのに反対でした」
 ……いきなりなんだ。
 それなら、一週間前に言ってくれよ。
「僕は涼宮さんが決めたことに反対しません。ここは涼宮さんの団なのですからね」
 そういうものか?
「僕があなたの入団に反対だったのは、あなたが素人だからです。あなたが死ぬだけならまだしも他の団員を……例えば涼宮さんを危険に晒すようなことになってはならないと思ったので」
 確かにな。古泉の言うことはわからんでもない。
 無理矢理引き込まれたこっちの立場からしてみれば、素直に頷くことは出来ないが言っている意味はわかる。
「しかし――先程のあなたの動きを見て、少し考えを改めてもよいと思いました」
 まぐれだ。たまたま鶴屋さんの足音が耳に入っただけ。
 過剰に期待されても困るんだが……。
「期待はしてませんよ。ただ、運も実力のうちです。そして、その運を生かしたのはあなたの力ですよ。本来なら、動きが取れずに固まってもおかしくない状況でした。自分の身よりも朝比奈さんの身を優先したところも評価できます。だから僕はあなたをSOS団の仲間だと認めてもいいと思ったんです。いままで嫌味な接し方をして申し訳ありませんでした」
 軽く頭を下げる古泉。謝って頭を下げてるのに卑屈に見えないのはイケメンの特権だろうか。
 つーか、やっぱり嫌味な接し方をしている自覚あったんだなこいつ……。
 顔を上げた古泉はいつものゼロ円スマイルで手を差し出してきた。
「これからはちゃんと仲間として接します。それでは改めまして――よろしくお願いします」
 とはいえこれは……ありがたいと思うべきか?
 嫌み攻撃が無くなるのならそれは歓迎するべきことだろう。
 曲がりなりにも俺以外の唯一の男の団員だし。
「ああ」
 相変わらず部室の中から聞こえてくる憐れな悲鳴は聞こえていないフリをして、俺は差し出された手を握った。








7に続く
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