【KATHARSISTEM】
〜カタルシステム〜




 和解した古泉と共に部屋の中に戻ると、ウェイトレスにさせられた朝比奈さんが出迎えてくれた。


「い、いらっしゃいませ……」
 そう言え、とハルヒか鶴屋さんに言われたのだろう。
 朝比奈さんは多少吃りながらそう言った。
 似合いすぎる。
 なんと言うか……単体でも素晴らしかったあの服が、朝比奈さんが着ると素晴らしさが二乗されている。
「似合ってますよ」
 社交辞令でなく本音で言うと、朝比奈さんは顔を真っ赤にして照れていた。
「ええ。本当にお似合いですよ」
 古泉も俺に同意する。
 ハルヒと鶴屋さんは姦しく騒いで朝比奈さんをはやし立てている。
 残る一人、長門は相変わらず部屋の隅で置き物と化している。
 お前は本当にマイペースだな……。




 騒ぎがひと段落するのを見計らってから、俺は鶴屋さんに尋ねた。
「……ところで、鶴屋さん。結局あなたは何をしに来たんですか?」
 まさか本当にウェイトレスの衣装を持ってきただけではあるまい。そんな平和なというか、間抜けな展開は嫌だ。
 俺の希望を鶴屋さんは、
「ただ単にみくるを着せ替えたかっただけだけど?」
 ものの見事に裏切ってくれた。
 おい! なんだそりゃ!
 思わずツッコミを入れた俺がそんなに面白かったのか、鶴屋さんは腹を抱えて大笑いした。
「あっはっは! 冗談さっ、キョンくん。実はとっても重要な情報が手に入っちゃってっね! ハルにゃんにいち早く報告しなければならないと思ったのさっ」
 じゃあ遊んでないで早く報告してくださいよ。
 朝比奈さんに新たなトラウマを増やすつもりですか。
 ただでさえハルヒに色々とトラウマになりそうなことをさせられてるって言うのに。
 と、俺は内心では盛大に抗議していたのだが、実際に声を出すと話が逸れてしまうので黙っていた。
 それが功を奏したのか、鶴屋さんは若干真剣な顔と口調になって言う。
「実はだね……ハルにゃんが探しているっていう『装置』らしきもの。それがあるらしい研究所の情報が入ってきたのさ。最大レベルで極秘扱いの情報だったし……まず間違いなく当たりだとみていいと思うよ。仮にその『装置』そのものじゃなくっても、きっかけっていうか、糸口にはなるんじゃないかなって思うよ」
 その情報は、ハルヒの表情や気持ちを引き絞めさせるのに十分なものだったらしい。
 いつになく真面目な顔をしたハルヒは机の上に仁王立ちになり、その顔のまま部屋の中にいる俺たちを見下ろした。どうでもいいが、机の上に立つなよ……。
「いよいよ、SOS団が本当の活動をするときが来たようね」
 そんな時は来てほしくなかったが……。
 ハルヒの腕で、『団長』と書かれた腕章がでかでかと存在を主張していた。
 ……って、ハルヒ。お前いつのまにその腕章をつけた?
「いま話を聞きながら作ったのよ。マジックで」
 無駄に達筆だな。つーか何の意味があるんだ?
「そんなくだらないことに気を向けている場合じゃないのよキョン!」
 確かにそうなんだが……なんというかなあ、そういうところにはいちいちツッコミを入れないと落ち着かない、というか。
 俺が突っ込まないとお前らは色々と無視しながら暴走し続けそうな気がするから仕方ないだろ。
「とにかく! その研究所に向かうわよ! 総員、準備を始めなさい!」
 総員って、そもそも五人しかいないし、朝比奈さんと俺は戦力外だ。戦闘準備をするのは三人だけだろう。
 準備のためにこき使われるんだろうけどな。
 やれやれ、だ。
「提案がある」
 うおうっ。
 いままでどんな会話が交わされていても我関さずと本を読み続けていた長門が発言した。
 思いもよらなかった方向からの声に俺は動揺したが、ハルヒは慣れているのかそれとも神経が図太いのか、意外そうな顔はしたもののほとんど動揺せずに聞き返した。
「なあに? 有希」
「仮に情報が正確で『装置』が設置されている場所であるならば、これまで以上に厳重な警戒網がひかれていることが予想される。完全なる非戦闘員の朝比奈みくるは今回の遠征メンバーから除外するべき」
 なるほど。
 いままでのような荷物運びみたいなもんでも、朝比奈さんは有用性という視点では連れて行く意味があるのか疑問だった。
 もちろん、細かいことで役に立つことはあったが……基本的には本当に付いてきていただけだった。
 そんな朝比奈さんを連れていく余裕はないと言いたいのだろう。
 しかしちょっと待ってくれ。朝比奈さんに関してはそれでいい。
 その範疇に俺が入っていないのはなぜだ?
 俺だってほとんど非戦闘員のようなものだろう。この一週間で俺がやったことと言えば荷物を運んだり部室の掃除をしたりっていう本当にただの雑用で、銃に触れたこともない。
 正直、足手まといにしかならないと思うぞ。
「あなたは朝比奈みくると比較すると体力がある。先ほどのことから状況判断能力もそれなりにあると推測される。ゆえにあなたは同行するべき。人手は一人でも多く必要」
「そうは言ってもな、俺は銃も扱えないし……だいたい一週間前までは一般人だったんだぞ? 逃げるならまだしも、敵を撃ち殺したり、出来るわけがないだろ」
 冷静な自己分析のつもりだった。
 実際、戦闘で俺が役に立つ場面など皆無だろう。
「そうではない。あなたが先陣を切って戦うのは不可能なのは自明のこと。あなたには補給部隊的な役割を果たしてもらいたい」
 つまり、弾薬とかの運搬役ってわけか?
「そうなる」
 ……いや、しかしな。
 さすがに弾丸が行きかう中を、お前たちに最後までついていける自信はない。
 どこで足がすくむかもわからない俺を連れていくのは、リスクが大きすぎないか?
 とは思ったものの。
 ハルヒも俺を連れていくのには賛成のようだし……。
 拒否権は……ないんだろうな。この一週間でそれくらいのことは心得ている。
 仕方ない。せいぜい死なないように努力するとするか。
 内心覚悟を決めている俺に構わず、長門は淡々と続けた。
「確実に役割を果たしてもらうためにも、あなたには必要最低限の銃の扱いをマスターすることが重要」
「さっきも言ったが……殺し合いなんて出来ねえぞ」
 人に向けて銃を撃てるわけないだろ。
「銃は持っているだけで気持ちを支える。持っていれば威嚇射撃も出来る。万が一の時、持っていれば、という状況になれば取り返しがつかない」
 ……理屈はわからなくもないが。
 銃の撃ち方、みたいな教本があるのか?
「あるにはある」
 じゃあそれを見ておけばいいのか?
「それでは不足。銃器の扱いに関しては、実際に銃器を手に取りながらの先達の教唆が最も上達が早い。特にゲリラ的な組織においては、教本での学習は遅延にすぎる」
 そういうものなのか。
 俺が納得半分で頷いていると、ハルヒが不満そうな声をあげた。
「でも有希、誰が教えるの? あたしは嫌よ面倒だし」
 お前ならそう言うと思ったよ。
「それでは僭越ながら僕がお教えしましょうか?」
 古泉は先ほどまでと比べれば多少柔らかい笑顔でそう言ってくれた。
 だが。
「ダメよ古泉くん。あたしと一緒に作戦を考えないと。副団長なんだから、作戦会議には参加してもらわないと困るわ」
 ハルヒがそう言うや否や、古泉は両手を広げて拒否の姿勢を取った。
「そうですね。涼宮さんの補佐を務めなければならないのでした。申し訳ありません。――と、いうわけでやっぱり僕も無理です」
 こ、こいつ!
 思いっきり躊躇いなく前言を撤回しやがった!!
 そんなに好きなのか作戦会議……めちゃくちゃいい笑顔なんだが。
 しかし、そうなると……。
「ふ、ふぇ? あ、あたしは無理ですよ?」
 すいません、元より期待していませんでした。
 残るは……。
「提案したのはわたし。責任は取る。一週間もあれば、基本動作は身につくはず」
 お前かーっ!
 いや、まあ、長門も悪い奴じゃあないんだろうけど、正直俺はこいつが怖い。
 初対面の時から平然と銃口を向けてくるし。
 何度か危ない時に助けてもらったことはあるが、その度に蹴り飛ばされた。命が助かったからよし、と言えるほど俺は人間が出来ていない。
 それに無表情で何考えてるかわからないし、笑顔どころか驚いた顔もお目にかかったことがない。
 『得体のしれない奴』。
 それが現時点での長門有希に対する俺の印象だった。
 最初の時の、空中で弾丸を撃ち落としたりとか、人間離れした強さを持っているってことはわかるんだが……いや、だから余計に怖いのか。
 そんな奴と二人っきりで射撃練習? どれだけ過酷なんだよ。
「…………わかったよ。よろしく頼む」
 本音は拒否したかったが、俺はそう言った。
 まだ机の上に仁王立ちになっているハルヒは、話が終わったことを見ると、まとめに入った。
「それじゃあ、キョンが射撃練習をある程度こなして、作戦が決まったら出発ってことになるわね。大体……一、二週間後かしら? 各々、準備は怠らないように!」
 ハルヒの号令に従い、全員がそれぞれの準備のために動き出す。
(一週間近く、長門と二人きりで射撃練習か……)
 正直、挫けそうだ。
「ついてきて」
 相変わらず無感動な声が俺を呼ぶ。仕方ない。
 俺は長門に連れられて射撃場とされている場所に向かった。




――ああ、憂鬱だ。








8に続く
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