【KATHARSISTEM】
〜カタルシステム〜
13




 SOS団の団員三人からそれぞれの話を聞いた翌日――


 俺は普通に射撃練習に取り組んでいた。
 寝る前になんかごちゃごちゃ考えたような気もするが、よく覚えていない。
 とにかくやらなければならないことをやらなければ。
 正直、人に向かって撃つ覚悟なんてなかったが、しないよりはしといた方が生き残る可能性も高くなるだろう。
 今さらだが俺は自分が殺されたり殺したりが日常の世界にいることを自覚していた。
 実際長門やハルヒが敵を倒す場面も見ているが、どうも今一つ現実感がないのだ。
 倒された死体を間近で見ていないからかもしれない。
 返り血を浴びたこともなければ、殺されかけたこともない。
 長門とハルヒのコンビは最強で、追い詰められるということがないからかもしれなかった。
 今のところは大丈夫だが、果たして本当にこの世界の姿を目の当たりにした時に俺は平静でいられるのか――つらつらとそんなことを考えていた。


 すると、練習に身が入っていないことを長門に見抜かれてしまったらしく、練習を中止するように合図がかけられた。
 銃を降ろし、鼓膜を守るための耳栓を外すと、長門が口を開く。
「射撃中にそれ以外のことを考えてはダメ。一瞬の躊躇いが致命的な事態に繋がる」
 長門はそう言った後で、筋肉トレーニングに切り替えるように指示を出してきた。
 銃を扱うにしろ、他のことをするにしろ、基礎体力は必要だ。
 もちろん出発を数日後に控えているし、それまでに十分な筋肉や体力がつくはずもなかったが、元々トレーニングはこれから先、長い時間をSOS団で過ごすためにしておくべきことだ。
 自分でも集中力が散漫であることは自覚していたので、素直に従っておくことにする。
 それに俺が本当にSOS団で役に立つことと言えば、それは多分銃撃戦ではなく荷物運びだ。
 俺は自分をそんなに過大評価するつもりはない。
 射撃場から出ようとしたところで、ふと気になった俺は長門に訊いてみることにした。
「なあ、長門」
 長門は銃の整備をする準備をしていたが、俺の呼び掛けに応じてこちらを向いてくれた。
「なに?」
 完全な無表情に若干気圧されつつも、俺は訊いた。
「長門は……人を撃つ時、躊躇わないのか?」
「ない」
 即答かつ簡潔な答え。
 さすがにそれだけでは不足だと思ったのだろう、続けて長門は口を開いた。
「わたしはそのために生み出されたから」
 戦闘人形、だったか。
 確かに愚問だったかも知れない。
 それ以上訊くのはさすがに憚れて、俺は射撃場から出てトレーニングルーム(そのための機材が置いてあるというだけで特別な部屋というわけじゃない)に向かった。








「おや、あなたは射撃練習に行ったのでは?」
 トレーニングルームには先客がいた。
 相変わらず微妙に胡散臭い笑顔を浮かべつつ、いっそ憎たらしいほど爽やかな様子で汗を拭う古泉。
「トレーニングに変更だ」
 俺は投げやりにそう答え、早速筋肉トレーニングをするためにダンベルを手に取った。
 ちなみにやり方や回数などのメニューは長門が細かく作ってくれたものがあるので、それに従っておけばいい。完璧に俺に合わせて作成してあり、最も効率がよいように作られているという。
 長門は本当に何でも出来るオールラウンダーだな。
「長門さんの指示ですか?」
 俺が来たことをきっかけに休憩に入ったらしい古泉が声をかけてきた。
「当たり前だろ。長門を無視出来るほど俺に度胸はねぇよ」
 怖くて。
 あっさり「そうですね」と頷かれたが、まあ事実だから仕方ない。
「……そうだ。古泉」
「なんですか?」
 俺は試しにこいつにも訊いてみることにした。
「お前は、人を撃つ時、躊躇わないのか?」
 その俺の質問に、古泉は虚をつかれたような顔をした。
 そして困ったような笑顔を浮かべて答える。
「実に一般人らしい質問というべきでしょうか……ああ、いえ、失礼しました」
 古泉は首を僅かに傾げて続ける。
「そう……ですね。あまり意識したことはありませんが……撃たなければ自分が死にますので、躊躇はなかったですね」
「……そうか」
 そういうものなのだろうか。
 釈然としない俺の様子をどう見たのか、古泉が苦笑いを浮かべながらいう。
「まあ、あなたもいずれ何らかの岐路に立つことになるでしょうから。いまはとにかく練習やトレーニングをこなすことですね」
 生き残るために。
 全てはそれからだと古泉は言った。
 まあ……確かに死んだらそこで終わりだもんな。
「そういや……ハルヒの奴はどうなんだろうな」
 SOS団を作り出し、機関と戦いに自ら身を投じたハルヒ。
 あいつはいったいどういう考えで人に向かって拳銃を向けているのだろうか。
「涼宮さんは……きっと、使命感で一杯なのでしょう。『世界の崩壊』という危機を回避することで頭が一杯なのではないでしょうか? 僕の推測ですけどね」
「……そんなので?」
「使命感というのはとても強い力になりますよ? ただし、その使命そのものが崩れればその人自身までが脆く崩れてしまいますが」
 ……? いまいちよくわからん言い回しだな?
 まあいい。ハルヒがそれで納得してるっていうなら、それでいい。
 いまさら俺が何言ってもあいつは聴かないだろうしな。
「……さて、それはどうでしょうね……もう戻れないといった方が正しいかもしれませんよ?」
 意味ありげにそんなことを言う古泉。
 なんだってんだ、いったい。








 メニュー通りにトレーニングを終えると、心地よい疲労感が全身に残っていた。
 キツ過ぎず、軽過ぎず、実に適度なトレーニング量だ。
 同じくトレーニングを終えた古泉と共に休憩室に向かった。
 そこでは、朝比奈さんと長門が一足先に休んでいた。
 朝比奈さんはお茶を入れるために動いてくれて、長門は相変わらず読んでいる本から顔を上げもしない。
 そんな光景にもだいぶ慣れた。
 机を挟んで古泉と対面になるように座りつつ、朝比奈さんに訊く。
「ハルヒはどうしました?」
 しかし朝比奈さんはハルヒの居場所を知らなかったらしく、首を傾げる。
 代わりに答えてくれたのは長門だった。
「涼宮ハルヒは射撃場で射撃練習中。もう少しすればここに来ると思われる」
 なるほど。すれ違ったのか。
 思えば、ここに五人が集まるのは久しぶりだな……俺がここに連れてこられた時以来か? 食事のときなど、食堂で五人が揃うことはなんどかあったが。ちなみにミーティングのようなことは、食事の時についでに行われている。
 ふと、俺はいまさらながら気がかりになったことがあった。
「なあ、見張りとかいらないのか?」
 思えば、SOS団が全員集まっているということは、誰も周囲を警戒している奴がいないということだ。
 SOS団みたいな組織がそんな無防備なことでいいのだろうか?
 当然の疑問を口にしたつもりだったが、古泉がこともなげに応える。
「ああ、心配ありません。鶴屋さんのような協力者がいますから。何か異常があればすぐに伝わる仕組みになっています」
 そうなのか。
 どういう仕組みなのかは疑問だったが、大丈夫というなら俺が心配するようなことでもない。
 朝比奈さんが淹れてくれたお茶を、礼を言って受け取りつつ、俺はのんびりとそれを飲む。相変わらず美味しい。ほっとする感じだ。
 古泉が「息抜きにこんなものをやってみませんか?」とオセロを取り出してきた。パチパチと白と黒が入れ替わる。
 あー……なんだろうなこの平和な光景は。長門は本を読み、朝比奈さんは御茶を淹れ、古泉と俺はオセロに興じている……何の集まりだよと言いたくなるようなそれぞれの行動だが、こういう平和な光景が続けばいいのにな。平和で退屈になりそうだが、それでも得がたい光景ではある。
 変な世界に足を突っ込んじまった俺が、そういう無駄に平和な世界を恋しく思うのは仕方ないことだろう。
 暫く穏やかでのんびりとした時は続き――その時は、部屋のドアが開いたことで終わった。
「あら、皆集まってたのね」
 射撃練習を終えたと思われるハルヒが額に浮かんだ汗をタオルで拭いながら現れた。
 すかさず朝比奈さんがお茶を淹れに走り、ハルヒは偉そうにハルヒ専用の椅子に腰かける。
「さて、せっかく皆集まっていることだし……三日後に迫った『装置』襲撃作戦について、色々調整しておきましょうか」
 穏やかな時は終わった。俺は誰にも聞こえないように溜息を吐きつつ、ハルヒの方に視線を向ける。


――ふと、硝煙の臭いがした。








14に続く
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