今日、何故かハルヒは休みだった。
病気なのか急用なのか、とにかく学校に来ず必然的に放課後のSOS団集合も無くなった。
本来なら清々するはずだが、どこか物足らなく感じてしまう。
それは多分あの部室に行くことが習慣と化しているからだろう。
決してSOS団の活動が無いことを寂しく思っているわけじゃない。
たぶん。
いつもは部室で下校時刻まで過ごすために、たまに早く帰ると時間が有り余っているような感覚に陥る。
こういう時間が空いた時に勉強をすれば成績も上がるんだろうが、こんな時に勉強する奴は最初から成績なんて悪くないだろう。
当然俺も時間が空いたからといって勉強するわけもなく、自分の部屋でゴロゴロ寝転がっているだけだった。
そうこうしている内にいつの間にか、いつもなら学校から帰ってくるような時間になっていて、思わず呆然とした。
なんて無駄に時間を使っちまったんだ。俺は。
もっと有意義な使い道があっただろうに、ぼんやりして時間を使っちまうとは。
過去に飛べるならぼんやりしてる俺を蹴飛ばしてやりたいね。未来人に頼めば何とかしてくれるだろうか?
いや、あの人ならこういうだろう、『それは既定事項です』と。
起こっちまった過去は変えられないのさ。多分。
……って、そんなくだらねえ妄想をしてる場合じゃねえ!
少しでも有意義な時間を過ごしたい。
そういえばシャー芯が無くなってたな。
明日学校に行く途中で買うのもめんどくさいし、気分転換も兼ねて出掛けるか…………そう思って俺はハンガーにかけていたコートを取り上げた。
家からすぐ近くのコンビニでシャー芯を購入した俺は、そのまま真っ直ぐ家に帰らなかった。
何故かって?
俺にもわからん。でも、たまにないか? 用はすませたけど、そのまま帰るのは何となく勿体ないような気分になる時って。
どういう精神的な作用かはしらないが、どちらにせよ小庶民っぽい感じだよなあ。実際、小庶民だけど。
というわけで、俺はどういう理由かも分からず、寒い外を自転車で徘徊することとなった。
…………ほんと、何やってんだろな、俺。
適当に自転車を走らせていたら、俺は見知った奴を見かけた。
一人、ぽつんと広場の中心に立っていた。
俺がここはどこかと視線を回りに巡らせてみると、そこは何かと色々縁がある駅前公園だった。
そういえば、この場所と俺の縁が始まったのは(俺の主観的に)そいつに呼び出されたのが始まりだったな。
何となく気になって俺は自転車から降り、押しながら広場の中央に立つそいつに近づいた。
そいつの手にはパックの惣菜やら缶詰が入ったコンビニ袋が握られている。どうやらコンビニに寄った帰りに、この公園に立ち寄ったようだった。
俺は背中を向けて立っているそいつに声をかける。
「よう」
するとそいつは予測していたかのようなゆっくりとした動作で、俺の方を振り向いた。
振り向く動作に若干遅れてショートカットの髪が揺れる。
そいつは、突然現れた俺を見ても何の感動も感情も瞳に浮かべることはなく、いつも通りの無表情で見つめ返してくるだけだった。
まあこいつが、誰かが突然現れたからといって慌てふためく様なんて見たら、何の天変地異の前触れかと思うからいいんだけどな。
「奇遇だな、長門」
数ミリ単位の頷きが返って来る。
「こんなところで何やってんだ?」
俺がそう訊くと、長門は曇天が渦巻く空を見上げた。
「…………」
言葉として応えは帰ってこなかったが、何となく長門の言いたいことがわかった気がする。
「ああ、雪が降りそうだな。その前に早く帰った方がいいかもしれん」
俺がそう言ったのに、長門はその場から動かず、空を見上げていた。
何となく「じゃあな」と言えず、俺も空を見上げた。
「あ、」
そこに、一粒の雪が舞い落ちてきた。
最初は、はらはらと降ってきていたものが、どんどん量的に増えていく。
風がないから吹雪という感じではないが、結構視界が悪くなる程度の密度で雪が舞い落ちてくる。
一瞬で街が純白に変わり、雪の作用か周りの喧騒が静かになっていく。
俺と長門は、その中に二人で立っていた。
空から舞い落ちてくる雪の綺麗さに一瞬見惚れていると、小さな声が俺の鼓膜を震わせた。
「…………綺麗?」
視線を空から下に戻すと、そこには長門の無表情。
問いかけの言葉だと気付いたのは、数秒経ってからだった。
慌てて頷く。
「あ、ああ。雪は綺麗だ」
慌てた所為で、傍から訊いたらちょっと恥ずかしい台詞になっちまった。
何故か、と誰か訊くか? 俺がいま話している奴の名前はなんだ?
微妙に焦る俺に構わず、長門は「そう」と呟いた。
それから、空に視線を戻して言う。
「雪を綺麗だと人は感じる。しかし、それは白い雪にのみ」
は?
突拍子もない言葉に一瞬唖然とした俺に構わず、長門は空に向けている視線を地面に向ける。
思わず俺も視線を落とすと、土色だった広場の色が徐々に白く覆われていった。
長門の視線は、その広場の隅で少し泥ついている地面に向けられている。
「泥が混じった雪のことを、人は綺麗だとは思わない。余計な物が混じった雪は、汚くて、醜い」
はっとしたね。
こいつは、ひょっとして。
「あるべき姿を失った、余計なものを含んだ雪は、誰にも見られることはなく、消えていく」
そう言って言葉を締めくくった長門は、相変わらず無表情。
でも。
こいつは、やはり。
泥ついた雪を、同じ発音の『それ』とを重ねて見ているのか?
無感情状態が自然だった『それ』。
最近、徐々に感情の片鱗が見え初めている『それ』。
それを、いけないことだとでも思っているのか?
いけないことだと思うから、責めているのか?
俺が咄嗟に何も言えないで居ると、長門は静かに足を動かし始めた。
俺からゆっくり離れていく。
駄目だ。このまま行かせては……っ。何か言わなければ、何か。
不意に、浮かんでくる言葉があった。
焦る俺は、とにかく長門を引き止めるために、口を開いていた。
「それって、自然なことじゃないか?」
長門の足が止まった。行かせるわけにはいかない。とにかく言葉を搾り出す。
「雪が泥の上に落ちて、泥色に染まったって、それは自然なことだろ?むしろ、泥の上に落ちても白いままだったら、不自然だと思うぞ」
言葉を選ぶ余裕も無い。とにかく浮かんだ言葉を続けていく。
「つまりだ、えーと。余計なものが混じったって、それはそれが自然で…………要するに、だ」
長門は、背を向けていたが、俺の言葉に耳を傾けているようだった。
「ユキは、それでいいんだと思う」
後で考えてみれば、凄い恥かしい台詞を吐いているような気もするが。それは俺の本心だった。
俺の言葉を聴いた長門は、小さく、本当に小さく、呟いた。
「…………そう」
そう呟いた長門の表情は見えなかったけど。
その言葉に何らかの感情が込められていたことは、わかった。
それでいい。
それだけで。
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