馬鹿




 どうも、皆さんこんにちは。
 キョンです。
 現在SOS団は、いつもどおり駅前から不思議探索に出掛けるところです。
 いつもどおり喫茶店で組み分けた後、ここに戻ってきて今は別れるところです。
 私は愛くるしい私服姿の朝比奈さんに向かって手を振ります。私の天使は手を振り替えしてくれます。和みます。名残惜しいです。その隣にいるスマイル零円男も手を振っています。こちらはアウトオブ眼中です。視界に入れる価値を見出しません。さっさと消えろ。
 二人は私から離れていきます。二人きりにさせることに不安はありましたが、私にはそれを気にしている余裕があまりありません。
 何故か?


 俺の両隣にいる二人が問題なんだよ、これが!


 方や、暴走汽車の如く止められない止まらないSOS団の創設者。
 方や、冷静沈着無言無表情のSOS団の切り札にして万能選手。
 この二人と、今日は一緒の組み合わせなのです。
 しかもこの二人、ある理由から微妙な緊張感を放っていて、居心地が悪いことこの上ありません。心中で呟く言葉も思わず敬語です。
 誰かどーにかしてください。


 …………思えば、あの時からどこか妙なことになっていた。








「ねえ、キョン。あんた昨日有希の家に泊まったんだって?」
 突然のハルヒの言葉に、俺は思わず飲みかけのお茶を噴き出しかけた。
 あぶねえあぶねえ。もう少しで有名な清水にも勝る朝比奈さんが入れてくれたお茶を無駄にするところだったぜ。今古泉とやっているボードゲームに降りかかるのは別にどうでもいいが。
「な、何だよ、いきなり」
 そう言いながらハルヒの方を向くと、不機嫌オーラ全開の顔があった。こめかみ辺りがぴくぴく痙攣しているのは、激怒しているからだろうか。
「『何だよいきなり』じゃないわよ!」
 いきなり爆発しやがった。机を勢い良く叩きながら、ハルヒが怒鳴る。
「どーいうわけ!? 団員の不純交際は認めないわよ!? それとも何、あんたと有希、正式に付き合ってるとか言うんじゃないんでしょうね?!」
 それにしても凄まじい怒気と怒声だな。教室が振動していると勘違いするほどだ。
 ハルヒのあまりの怒気と怒声で、俺の気が少々遠くなったくらいだ。
 泊まった、と言っても健全な高校生が妄想するような事態には発展しなかったけどな。長門からあることの御礼がしたい、と言われて長門の家まで行って長門お手製のカレーを食って、帰る時期を逸してしまったため、長門が泊まっていくかと訊いてきたので、なし崩し的に泊まってしまっただけのことだ。
 寝た部屋も別だったし、正直変なことは考えもしなかったな。
 …………健全な高校生として、実行に移すかどうかはともかく考えもしなかったというのはちょっと問題かもしれんが。
 とにかくハルヒの言うような変なことは一切起こっていないので、ハルヒに向かってそう言おう。
「まあ落ち着けハルヒ。お前が心配しているようなことは何も」
「黙りなさい!」
 黙らされた。弁解の機会も無いのか。
 ハルヒは今までの騒ぎでも一切顔を本から上げなかった長門に向かって訊いた。
「有希! 馬鹿キョンに変なことされなかったでしょうね!?」
 長門は無表情をゆっくりとハルヒを見上げ、暫し瞬きをした後、
「変なこと、とは?」
 と訊き返した。
 これにはさすがのハルヒも一瞬詰まる。
「へ、変なことって言ったら、へ、変なことよ!」
「変なこと、の定義が曖昧すぎる。変なことの内容の正確な定義を要求する」
 相変わらず淡々とした口調で長門はハルヒの追求を封じ込めてしまった。天然なのか計算なのか。しかし長門はハルヒに対してこんな口振りをしてたっけ?
 長門から訊き出すのを諦めたハルヒは、再び俺の方を向く。
「キョン! 変なことしてないでしょうね!」
「するわけねえだろ。唯、泊まっただけだ」
 哀しいかな、それが現実だ。
 暫くハルヒは俺の顔を穴が空くほど見詰めていたが、ようやく納得したらしく、渋々頷いた。
「まあ、あんたにそんな甲斐性があるとは思ってないわ」
 それで納得してくれるのなら、甲斐性無しの不甲斐ない男だと思ってくれて結構。
 ―――その時はそれだけだった。
 いつもどおりの日常が戻った…………と、思っていたんだがな。
 それからというもの、何気なくハルヒを見ると、ハルヒはたまに複雑な顔で長門を見ていた。
 何故そんな複雑な表情を浮かべているのか、俺には全くわからなかったが。


―――そして、今日の不思議探索の日になる。








 滅多にハルヒとは組んだことがないのだが、今日は長門も加えた益々珍しい組み合わせとなってしまった。
 どことなくハルヒと長門の間に微妙な緊張が漂っている気がする。
 そして俺はそのど真ん中にいるのだから堪らない。
「あー…………えーとだな、ハルヒ、長門」
 このままだと、微妙な緊張感の中、延々と立ち続けなければならない気がしたので、俺は二人に向けて口を開いた。
「とりあえず、歩かないか? 立ち尽くしてても仕方ないだろ」
「そう、ね。じゃあ行きましょうか」
「…………」
 歩き始めたが、緊張感自体は全く変わらない。
 重い。空気が果てしなく、重い。
 誰かどうにかしてくれこの状況。何でこんなことになっちまってるんだ?
 とにかく黙っていると気まずいので、俺は空元気で声を上げた。
「ま、まずはどこに行く?」
「そ、そうねえ…………あたしは今日は霊を探そうかと思ってたんだけど…………」
 こいつはどうやら毎回探す対象を絞っているらしい。
「霊、か…………じゃあ墓場とか、心霊スポットとかか?」
「うーん、そういう場所はこれまでの探索で探したしねえ」
 じゃあ、霊を探すなんて言うなよ。
「こういうので重要なのは勘なのよ! これが見つかりそう、と思ったらそれを探すのが常識でしょ!」
 ごめんなさい、どこかどう常識なのか全く理解出来ません。
「とにかく! 霊がいそうな場所を虱潰しに探すわよ!」
 なんつー非効率的な探し方だ。手当たり次第かよ。
「さあさあ行くわよ! キョン! 有希!」
 唐突に張り切り出したハルヒに腕を掴まれ、連行されていく。ハルヒの脚力は半端ではなく、俺は付いていくのが精一杯だ。
「ちょ、おい! 走るなよ! 急いだって、仕方ないだろ!?」
「うるさいわねキョン! こういうのは時間との勝負なのよ! どんっどん行くわよ!」
 ハルヒは俺の腕をぐいぐいと引っ張る。同じく引かれている長門の方は、相当早いハルヒの脚力に楽々付いて行っているのだから驚きだ。いや、ある意味驚かないが。
「遅いわよキョン! もっと根性入れて走りなさい!」
 お前のような超人変人奇人と同じに扱うな。俺はあくまでも一般人なんだよ。
「だから待てって!」
 いつもの空気が戻ってきたように思えて、俺は抗議しながらも嬉しかった。
 やはり気まずいのは嫌だからな。
 全速力で走りながら、俺は自分で口元が緩んでいるのを自覚した。


 もっとも、いつもの空気が戻ってきたかのように思えたのは、勘違いだったが。








 走り出して数時間後。


 河原のベンチで俺はへばっていた。
 時折休憩を挟んだとは言え、ほぼハルヒの全力疾走に近い速度で町中を走り回ったのだから当然だ。明日以降、筋肉痛にならなければいいのだが。
 ハルヒと長門はいま傍にいない。
 ダウンした俺をこのベンチに座らせた後、飲み物を買いに行ってしまった。
 ハルヒも長門も、元気過ぎだ。一人ばてている俺が馬鹿みたいじゃないか。
 俺が必死に深呼吸をしながら二人の帰りを待っていると、程なくして二人の姿が視界に入った。
 缶ジュースを三本抱えている。
 目の前まで来たハルヒと長門は、俺の顔をじっと見詰めて来た。
 な、何だ?
「キョン…………あんた、どっちがいい?あたしはこっちが良いって言ったんだけど、有希がそっちの方がいい、っていうのよ」」
 ハルヒが差し出したのは、スポーツ飲料水。
「…………」
 長門が差し出したのは、レモンの入った飲み物。
 …………えーと。
 これは、どちらか選べ、ということだろうか。
 ハルヒと長門の表情が常に無く真剣なのは、気のせいじゃない、よな。
「さあ、どっち?」
「…………」
 ずずい、と迫ってくるハルヒと、無言の重圧をかけてくる長門。
 何なんだ。俺は何か悪いことでもしたのか。
「…………選べ、と?」
「「そう」」
 見事な二重奏だった。
 選べ、と言われても俺はどっちでもいいんだが…………。
「選びなさい」
「選んで」
 …………何この状況。
 仕方なく俺は手を伸ばして、疲労回復に効きそうなレモンの入った飲み物を手に取った。
「疲労に効きそうだしな」
 思わず声に出したのは、表情は変わっていないがハルヒが傷ついたような印象を受けたからだ。そんなことはないだろうなと思いつつ。
 ハルヒとは対照的に、長門の方は微妙に嬉しそうだったような気がする。多分。
「さっさと飲みなさいよ。続き、行くんだからね」
 まだ走るのか。
 うんざりしながら、俺は溜息を吐いた。
 長門が差し出してくれた飲み物を味わいつつ。








 …………よ、ようやく終わった。
 午前の部が終了して、俺達は再び駅前の喫茶店に戻って来た。
 あの後も延々と走り続け、俺はもう瀕死状態だ。
「キョンくん、大丈夫ですか?」
 合流した朝比奈さんが心配顔で訊いてくる。和むね。
「おやおや、お疲れのようですね」
 合流した古泉がスマイル零円のまま訊いてくる。腹立つね。
 朝比奈さんに大丈夫だと返し、古泉に黙れと返していると、
「これ」
 突然、俺の前に小さなタオルが差し出された。
 差し出しているのは長門。
「拭いたほうがいい」
 思えば、走り回った所為で汗だくだった。ありがたく使わせて貰う。
「ありがとよ、長門」
 しかし、タオルなんて持ってたっけ?
 まあいいや。
「新しいのを買って返すな」
「いい。あげる」
 あげる、と言われてもなあ。心苦しい、少し。
「いいのか?」
「いい」
 ここまで言うのだから、無理に断ったら逆に失礼だろう。
「じゃあありがたく貰っとくよ」
「…………随分、仲がいいのね」
 平坦な声が投げかけられたのは、まさにその時だ。
 ハルヒが俺と長門を見ていた。
 べ、別に不純交際なわけじゃないだろ? タオルを貰っただけだ。
 そう弁解したかったのだが、ハルヒのあまりに平坦な視線がとてつもない重圧をかけてくるので下手なことは何も言えなかった。
 俺を視線だけで沈黙させたハルヒは、今度は長門の方を向く。長門はハルヒの視線を真っ向から見詰め返す。
 二人の間だけでなく、俺と朝比奈さんと古泉にも重圧感はかかっているようだ。朝比奈さんは勿論のこと、古泉までもが居心地の悪そうな顔をしている。
 そのまま永遠にも思える時間が過ぎた後―――。


「ま、いいわ」


 不意に、ハルヒがそっけなくそう言って、重圧感が消滅した。ハルヒは何か吹っ切れたような表情を浮かべている。長門はいつも通りだが。
 何なんだ。一体。
 読心術で会話してたのか?
「出来るわけないでしょ。あんた馬鹿?」
 ハルヒに馬鹿と言われるほど腹の立つことはない。
「それじゃあ午後の部を開始するわよ!くじを引きなさい!」
 突如復活したハルヒが、くじを俺達に向かって差し出して来た。
 いつもよりハイテンションなハルヒは、さっさと全員にくじを引かせると、自分のメンバーを連れて高速で去っていく。
 後に残された俺と古泉と長門は暫し、呆然としていた。
 …………何なんだ、一体。
 思わず呟いた言葉に、古泉が反応した。
「あなたは…………非常に失礼ですが、馬鹿ですね」
 まさか古泉にストレートで馬鹿で言われるとは…………何なんだよ、今日は。
 古泉は大きく溜息を吐いて。
「これだけ言っておきましょう。午前中、いたるところで閉鎖空間が発生しました。大きくはないですが無数に、です。元々の空間の大きさは大したことが無かったのですが、その中で活動する『神人』の暴れ方が凄まじく、あわや世界の崩壊の一歩手前までいきましたよ」
 …………俺が走り回っている間に、世界は崩壊しそうになってた、っていうのかよ。
「しかし、いまさっき、凉宮さんが『ま、いいわ』と言った瞬間、自分からは消滅するはずのない閉鎖空間が全てリセットされました。その後で一つ二つの閉鎖空間が新たに生まれましたが、規模も『神人』の暴れ方も小さいものです」
 …………何が言いたい?
「これだけ言ってもわからないから、あなたは馬鹿だというのです」
 いつになく古泉の言葉は辛辣だ。俺、何か悪いことしたのか?
 喫茶店のコーヒー代をテーブルの上に置きながら、古泉は立ち上がった。
「それでは、僕はこれから閉鎖空間に向かわねばなりませんのでこれで。午後の部の終了間際で合流しますのでご心配なく。…………では」
 言うなり、古泉は行ってしまった。喫茶店の前で、おなじみの黒タクシーに乗るのが見えた。
 色んな意味で完全に置いていかれた俺は、長門に目を向け、言う。
「…………何なんだろうな」
 そう言った俺の目を、長門はじっと見詰める。
「…………」
 暫く無言で見詰められていたが、不意に長門の表情が変わった。
 なんというか、呆れたような顔付きになったような気がした。目に見える形で表情が変わったわけじゃないけど、何となくそう思ったのだ。
 小さく長門が呟く声が、辛うじて聴こえた。
「…………ばか」




 だから何なんだってんだ、今日は。
 でもまあ―――自業自得であるような気はする。









『馬鹿』終


補足
 この小説は、かつて『空之彼方』というサイトで受けたキリ番リクエストで書いた小説です。
 題名:『馬鹿』・ヒット:30000・ゲッター:MI2様


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