世界が、動きを止めていた。
この世に存在するあらゆるモノが、動きを止めてしまったかのようだった。
いつもメイド服を着て甲斐甲斐しく動く朝比奈みくるさん。
無駄にスマイルを浮かべて意味不明なことを喋りまくる古泉一樹。
動かなくてもいいのに無駄に動き回る凉宮ハルヒ。
奴らがいて、いつも賑やかなこのSOS団本部(名目上は文芸部部室)も、まるでビデオの静止画のように完全に動きを止めていた。
その動きを止めてしまった部室の中央。
本来なら長テーブルとパイプ椅子の一つが置いてある位置で、俺は仰向けにぶっ倒れていた。
別に昼寝をしているわけじゃない。
寝るならパイプ椅子に座って寝るし、わざわざ重い長テーブルをどけてまで床に寝る趣味はない。
俺のことはどうでもいい。
今、問題とすべきは俺の体の上に圧し掛かっている存在のことだ。
圧し掛かってきているとはいえ、そいつの体重は以前自転車の後ろに乗せた時と変わりなく、零に等しい。
俺の身体を床に押し付けて抵抗を封じているのは、こいつお得意の情報操作の結果という奴だろう。
ずっと前に朝倉涼子が俺の動きを封じた時と同じような感覚がするから、間違いなくそれだ。
……もうわかっただろう。
俺を地面に倒し、そして情報操作によって身体の動きを封じているのは、SOS団メンバー内で最も博学で、実行力も兼ね備えていて……本好きで無口で、色々頼りになる仲間の少女――長門有希だ。
その細くて白い、いつもは本のページをめくることのみに活用される指には、アーミーナイフが握られている。
長門はそのナイフを俺の喉元に突きつけている状態で静止していた。
あとナイフの切っ先を数ミリ押し込めば俺の生命を奪うだろうという位置で、動きを止めていた。
下から見上げる長門の表情はいつもと変わらない。
いや、いつもよりも無機質な無表情。静かに俺を見下ろしている。
俺も、長門も、一切動かない。
空気すらも動きを止めてしまったかのような空間で、一つ、雨音が響いた。
いや、正確に言い表すなら『雨音のような音』か。
長門が、左目から涙を流していた。
それが長門の頬を流れて、落下した音だったのだ。
静かに涙を流す長門と、ナイフを突きつけられた俺。
お互いに動かない。
動けない。
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