『Tears of Humanoid・Interface』
第二章




 突発的に始まったSOS団ババ抜き大会(一名除く)は、俺の完全な一人負けで幕を閉じた。
 あれから俺はババを引きまくり保持しまくり、酷いときには始めてから最後までずっとババを持ち続けた。
 俺の悪運はどこ行った?
 ちなみに最下位はハルヒ考案の罰ゲームをやらされる破目になり、散々な大会だったと言っておこう。
 とはいえ、俺は負け続けたことも、罰ゲームをやらされたこともあまり苦にならなかったが。
 もっと気になることがあったからな。




 下校時刻になり、そろそろ帰るか、というころになった。
 強運で勝ちまくったハルヒは、相変わらずの百ワットの笑顔で満足そうだ。
 やっぱりこいつらしくないな、そんなにババ抜きは面白かったのか?
 そう思ったが、口には出さない。
 藪を突いて変な物が出てきたら嫌だからな。
「面白かったわね! またやりましょう! じゃ、また明日!」
 ハルヒは百ワット笑顔を浮かべたまま、勢い良く部室から飛び出して行った。
 後に残された俺と古泉と朝比奈さんは顔を見合わせる。
 暫く俺たちは沈黙していたが、最初に沈黙を破ったのはやはり古泉だ。
「いい傾向だと、見るべきですね。涼宮さんは普通の遊びでも十分満足出来るようになったようです。これならば、いずれ現実を変化させる力も消えるかもしれません。そうなれば閉鎖空間も出現し無くなり、僕の超能力も在って無きが如し、になるわけですが」
 古泉は純粋な笑顔を浮かべてそう言った。いつもの掴みどころのない笑みではない。
 なるほど、つまり一般人と変わりが無くなるって訳か。
 ……ひょっとして、こいつはそれを喜んでいたのか?
 ハルヒが普通の人間になることこそが、こいつの望みなのかもしれない。
 俺がそんなことを考えている間も、古泉は言葉を続ける。
「それと、長門さんもいい傾向ではないでしょうか? 拒絶されたあなたはショックでしょうが……」
 ……まあ、長門にあんな風に言われるなんて思っても無かったからな。
 その長門は、すでに部室に居ない。
 俺達がババ抜き大会をしている途中で、突然立ち上がったかと思うと、何も言わずに退出してしまったのだ。
 その行動にも俺は違和感を覚えたが……古泉、いい傾向ってのはどういう意味だ?
 俺がそう訊くと、古泉は嫌味無く笑う。
「観測者としての責務から開放されかけているのかもしれないという訳です。今まで長門さんは凉宮さん、ひいてはSOS団の活動に追従している体勢を示していました。つまり監視者として否定も肯定もせず、起きる現象を受け止めていただけでした」
 そんなことは言われなくてもわかっていたが……あいつが何かに反対することなんてほとんど無かったしな。
 基本的に俺達のやることに口出しはしてなかった。俺たちがやることに異議を唱えたりすることもなく、素直に従っていたのが今までのあいつだ。
 古泉は頷き、
「その長門さんが、今日はあなたの誘いを断った。これはこれまでになかった対応です。それは、長門さんの明らかな変化の兆しと言っていいのではないでしょうか?」
 それは、つまり。
 長門は観測者としての役割から外れたかもしれない、というわけか?
 古泉はこの言葉には首を横に振った。
「いいえ、残念ながらまだそこまでではないでしょう。しかし、いい傾向であるのは間違いないでしょう?」
 確かに、長門が完全に自意識的に動けるようになるのなら、歓迎するべきことだな。
「ええ、ひょっとすると端末ではなく、唯の人間になられてしまうのかもしれませんね」
 古泉は俺に一礼すると、部屋から出て行った。
 俺が古泉に言われたことを考えていると、
「あの……」
 か細い声が、部室内に響いた。
 当然、部室に残っているのは、
「キョン君、ちょっといいですか? お話しておきたいことがあります」
 朝比奈さんだけである。
 その表情には、いつかのように、何か決意したような表情が浮かんでいた。




 家に帰った俺は自室に入り、ベッドの上に仰向けに寝転がった。
 頭がぼんやりして、思考が纏まらない。
 先程、部室であった朝比奈さんと話したことを延々繰り返して思い出していた。
『そろそろ、お別れかもしれません……』
 先程、朝比奈さんはそんな言葉で話し始めた。
『さっき、古泉くんが言った通り、凉宮さんの力は日に日に弱まっています』
 最初の言葉で呆然としてしまった俺は、後の言葉を唯聞いていることしか出来なかった。
『凉宮さんの力が消えれば、あたしがここにいる理由も無くなる。監視員として、ここにいる理由が。そしたら、元々この時限の存在じゃないあたしは、すぐに未来に帰らなくちゃならないの。それがいつになるのかはまだ分からないけど……ひょっとしたら、突然帰ってしまうことになるかも』
 呆然としている俺に、朝比奈さんは続けて言った。
『突然帰ってしまうことになった時のために、キョン君だけにはお別れを言っておきたかったの……』
 何故? 確か俺はそう訊いた筈だ。
 その俺の問いに、朝比奈さんは少しはにかむように笑って、こう言った。
『禁則事項です』
 俺だけには? ……どういう意図があったんだろう。
 俺は、寝返りを打ちながら考える。
 しかし、答えなんか出るはずもない。
 ……いや、思い上がりも甚だしい答えなら出るか。
 それはともかく、どうやら怪奇現象に見舞われ続けたこのSOS団という存在も、遂に終わりの時を迎えようとしているようだな。
 古泉の超能力は意味が無くなり、
 朝比奈さんは未来に帰り、
 長門は普通の人間になる(かもしれない)。
 SOS団は怪奇現象なんてもんとは無縁のお遊びサークルと化すのだろう。
 その光景を想像し、俺は少し寂しくなるような気がしたが、以前長門が引き起こした事件とは違い、成るべくして成った結果ならば、それは受け止めるしか仕方ないだろう。


 ……全く、やれやれだ。


 超常現象に巻き込まれるのはあんなに嫌だったのに。


 それが無くなるのはちょっと寂しい、と思うなんて。










第三章に続く
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