『Tears of Humanoid・Interface』
第四章




 俺はドアを蹴り開けるようにして、部室を飛び出した。
 長門が消えたかもしれない。
 嫌な感覚が俺を突き動かしていた。
 そんな筈はない。
 そうだよな、長門。
 お前が消えるなんてこと、ないよな?
 しかし、俺の希望は一つの考えに容易く揺らいでしまう。
 『必要のなくなった長門を、情報統合思念体が消去した』という考えだ。
 どうか、俺の思い過ごしであってくれ!
 そう心中で叫ぶが、頭の中に浮かんだ誰もいない部室と床に落ちた本の情景が、俺の警報を最大ボリュームで鳴らす。
 どこかにいるんだろ、長門!
 俺は、今までに無いくらいの全力で走った。








「わっ!? どしたのキョン?」
 廊下の角を曲がった拍子に、偶然廊下を歩いていたハルヒにぶつかりそうになった。
 俺は荒い呼吸を宥めながらハルヒに訊く。
「おい、長門を見なかったか!? 部室にいないんだ!」
 俺がそう叫ぶと、ハルヒは不思議そうな顔をした。
 まさか。
 以前、長門が世界を作り変えた時にハルヒの記憶が無くなっていたように、長門の記憶が無くなっている?
「なに言ってんの? あんた?」
 まさか、本当に長門は消えてしまった?
 くそ、どうすればいいんだ!
 ハルヒの力が本当に無くなってしまったんだとしたら、どうあがいたって長門を取り戻せないじゃないか!
 ちくしょう。
 俺は毒づいた。長門に病院で言った言葉が、今は唯ひたすら空虚に思えてくる。


『俺は、暴れるぞ。なんとしてでもお前を取り返してやる。俺には何の才も無いが、ハルヒをたきつけることくらいなら出来るんだ』


 何が暴れるだ! 何が取り返すだ!
 ハルヒという手段を失えば、俺は唯の役立たず。案山子にも適わない唯の道化じゃねえか!
 ちくしょう……ちくしょう!
 不覚にも涙が出そうになった。ハルヒの手前、それは何とか我慢したが、端から見ればかなり情けない面をしているに違いない。
 長門。
 あいつがいなくなることが、こんなにも俺に消失感を与えるなんて。
 ハルヒがいなくなった時以上の消失感。
 思えば俺は、長門がどんな時にも部室にいるということを疑うこともなく信じてた。
 あいつだけは絶対に大丈夫だと、根拠も何もないことを信じていた。
 昨日あいつが見せた僅かな異常な動作も、いい傾向だなどと思ってそれ以上のことを考えなかった。
 何て馬鹿だ俺は!
 くそ、ロープがあったら首吊りて




「有希なら、ついさっきここで会ったわよ?」




 ……は?
 思わず、思考が空白になった。
 おい、ちょっと待てハルヒ。それは具体的にどれくらい前だ?
「ほんとについさっきよ。一分くらい前。ほら、あそこにいるじゃない」
 ハルヒが指差した方向を見る。
 そこに廊下のずっと先の角を曲がろうとしている、見覚えのあるショートカットが見えた。
 存在していた。
 消えちまった訳じゃなかった。
 ……結局俺の早合点!?
 ぐあ、やっぱりいますぐ首吊りてえ!
「なに悶えてんの? 頭いかれちゃった?」
 ハルヒが変人を見る目で俺を見ていた。
 お前だけには向けられたくなかった目だな。
「まあいいわ。キョン、あんたにも言っとくわ。今日はSOS団の活動は休みにするから」
 何とか気を取り直した俺は、意外なことを言ったハルヒに問いかける。
 そりゃまたどうしてだ?
 ハルヒは少しはにかんだ笑顔で、
「実は今日一緒にお弁当食べた人達と買い物に行くことにしたの。いいお店を紹介してくれるって言うから」
 ほう。どんどん普遍的なことに挑戦してるな。
「そっちに行くから今日はSOS団は臨時休業。あんた以外には伝えたし、みくるちゃんは一緒に行くことになったわ」
 へえ。俺や古泉は付いていかなくていいのか?
 お前の行動パターンなら、俺達を荷物持ちとして使いそうだが。
 俺が至極予想し得ることを訊くと、ハルヒは意地悪く笑った。
「あら、行くのは女性の下着専門店だけど……来たいの?」
 謹んで遠慮しよう。
 変態だと思われたくないからな。長門はどうした?
 ハルヒは唇を歪めて、
「何か他に用事があるんだって。仕方ないから誘うのは諦めたわ」
 そうか。無理矢理俺達を引き回すことも、もう止めたんだな。
 ありがたいようなそうでないような。
 ハルヒは言うことだけ言うと、さっさとどこかにいっちまった。
 その後長門を再び探そうとしたが昼休み終了のチャイムが鳴ってしまい、時間切れ。
 まあ、消えてなかったんだからいいか。
 世界が変質してないかどうかは、明日にでも訊こう。








 あっと言う間に時間は過ぎて(授業中はずっと寝てるからかもしれん)放課後。
 SOS団の活動も無いということだし、俺はさっさと帰ることにした。
 教室を出る寸前に確認したが、ハルヒは仲良くなったらしい女子生徒と歓談している。
(本当に、普通の人間で満足出来るようになったんだな……)
 そんなことを考えながら、靴箱のところまで来た。
 俺は下靴に履き替えるために靴箱を開く。
 すると、見慣れた靴の上に白い紙が載っていた。
 ラブレター? いや、いつぞやのような、未来からの指令?
 俺は不審に思いながら、その紙を手に取る。
 それに視線を落とし、俺はどう反応したらいいのかわからなくなtった。
 その紙にはいつか見た、まるで機械で打ち出したように綺麗な明朝体の文字が書かれている。




『放課後、部室にて待つ』




 どう考えても、それは長門有希からのメッセージだった。










第五章に続く
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