【KATHARSISTEM】
〜カタルシステム〜




 その日は、高校の入学式だった。


 俺はその日、これから始まる高校生活に胸を高まらせていた、かといえばそうでもなく、一般的な男子と同じようにまた学校に行き授業を受けなければならないんだなあ、と少々憂鬱だった。
 もっと刺激のある毎日を送りたいものだ。
 別に宇宙人、未来人、超能力者、異世界人が現れなくてもいい。
 日常とは少し違うドラマ性に溢れた毎日を送ってみたいと、そう思っていた。
 思ってはいたんだが――――、








 それはベタといえばこの上なくベタな出会いだった。
 王道中も王道。
 こんな出会いの仕方なんて、最近ではそのベタさ加減を逆手に取って利用するような作品でしか見ない出会い方だった。
 俺は高校の入学式に少し遅れそうになって早足で歩いていた。
 そして何気なく路の角を曲がろうとしたとき、『そいつ』が勢い良くその角から飛び出して来たのだ。
「いたっ!?」
「いてっ!?」
 見事なまでに正面衝突を起こした俺と『そいつ』は、お互いの力で別方向に吹っ飛んだ。尻餅を突いた。かなり痛い。
 その拍子に『そいつ』が持っていた荷物が歩道にぶちまけられた。
「いたたた……き、急に飛び出してくんじゃないわよ!」
 ぶつかってきた『そいつ』は結構な美人、というか年齢的には美少女?だったが、どうも性格はきつそうだった。
 状況を把握するや否や、大声で叫んで非難してくるほどに。
「いって……そりゃこっちの……」
 恋愛物でいう『衝突出会い』。
 そういうベタな物語と違っていた点は――――いや、最近は色んなタイプの物語があるからある意味これも王道なのかもしれないがとにかく――――


 『そいつ』がぶちまけた荷物とは、掌サイズの拳銃だった。


(はい?)
 一瞬、俺の思考が完全に停止する。
 何かの見間違いかと思って目を閉じ、深呼吸。目を開ける。
 しかし見間違いことを証明するかのように、その黒光りする拳銃はそこに屹然と存在していた。
 打ちつけた尻が痛かったのか、座り込んだまま尻の辺りを擦っていた美少女が、俺の視線の先を見て一瞬固まる。
「……っ!」
 大慌てでその美少女は歩道にばら撒かれた銃器を元通りバッグの中に入れたが、俺ははっきりと見てしまっていた。
 銃器をバッグに入れたそいつは、俺を射殺さんばかりの視線で睨みつけてくる。
「あんた、今のは唯のモデルガンだけど、このことは他言無用よ。誰かに言ったら死刑だから!」
 死刑らしい。
 死刑も何も、誰かに言って俺に何の得がある? 
 言われなくても黙っているに決まっていた。俺は混乱しながらも頷き、この瞬間がさっさと過ぎるのを祈った。
 幸い美少女はそれ以上俺に興味を持つことは無く、銃器を入れたバッグを落とさないようにしっかりと抱きしめて、走り去ろうとした。


――ここまでなら、唯の変な出来事で済んだ。
――ところが。


「いたぞっ! 奴だ!」
 突然、怒鳴り声が響いた。
 驚いた俺と、美少女が同時に声が聞こえてきた方向に顔を向ける。
 かなり遠くの道の上に、明らかに不自然なほど黒い服装をした多数の男達がいた。
 そして男達の手に、これまた無骨な拳銃が無造作に握られているのを見た時点で、俺の思考はまたも停止した。
(……なんかの撮影か?)
 咄嗟に思ったことはそんなことだが、何の関係も無い一般市民を巻き込んで撮影するなんておかしすぎる。
 いまだ座り込んだまま呆然としている俺の襟首が、突然後ろに引かれた。
 物凄い力だった。俺は無理矢理引き起こされる。首が絞まって、苦しいを通り越して痛い。
 いってえな! と抗議の声を上げようとしたが――――俺の脇腹に押し付けられたものが、声の発生を阻害した。
「それ以上近付いてみなさい! こいつの脇腹に穴が空くわよ!」
 俺とぶつかった美少女が、俺の脇腹にさっきバッグの中に入れていた拳銃を突きつけていたのだ。
 おいおいなんだこの展開は。
 俺は正直、勘弁してくれと思ったね。
 いきなり美少女にぶつかられたと思ったら、何の因果か、人質にされるなんて。
 しかも、異常はそれだけでは終わらなかった。


 一瞬怯むかのように見えた黒服集団だったが、即座に銃口をこちらに向けたのだ。


 俺を人質に取っている美少女が息を飲むのがわかった。そいつにとっても、黒服達の行動は予想外のものだったらしい。
 完全に固まってしまった俺と美少女に向かって、黒服達は狙いを定める。
 雰囲気というか気配からその銃が本物で間違いなく、俺もろとも背後の美少女も撃ち抜かれることがわかった。
 つまり、死ぬってことが。
 咄嗟に――――本当に無自覚だったが――――俺は、美少女を庇うように身体を動かしていた。
 胸の中に美少女を抱き締め、黒服達に背を向ける。
 もちろん銃弾の前には、俺の大して鍛えているわけでもない体は壁にもならない。
 庇った俺の行動も無駄な努力に終わり、美少女もろとも打ち抜かれる――筈だった。
 ところが、


 轟音と共に放たれた黒服集団の銃弾は、全て空中で火花を散らし、無理矢理にコースが変更された。


 俺達には掠りさえしなかった。
 思わず顔を向けた先、極普通の家屋の屋根の上。
 髪の短い、傍にいる美少女と同じ歳くらいの少女が、不安定なその場所に平然と立っていた。
 白磁のような白い肌に、何の表情も浮かんでいない整った顔、そして、その手には硝煙を燻らせる無骨な拳銃。
 黒曜石を思わせる瞳が強い意思の光を放っていた。
 一瞬、状況を忘れて俺はその少女に見惚れてしまう。
 その少女が黒服達の放った銃弾を空中で撃ち落としたのだ。
 まさか銃弾が撃ち落とされるとは考えていなかったのだろう、さすがの黒服集団達もこれには唖然としている。
 一瞬の空白。
 その隙を突いて、黒いタクシーのような車が、俺と美少女のすぐ傍に停車した。
「涼宮さん! 乗ってください!」
 運転席から顔を覗かせて美少女に向かって叫んだのは、爽やかなスポーツ少年のような雰囲気を持った男子だった。
 次から次へと何なんだ。
 俺が思うのと同時に、また襟首が凄い力で引っ張られた。
「うおぅ!?」
 タクシーのような車の後部座席に引きずり込まれた俺は、その拍子に舌を噛んで悶絶する羽目になった。
「出して!」
 凉宮とかいうらしい美少女が俺など無視して叫ぶ。
 一瞬、運転席の男子は俺に向かって視線を向けたが、気を取り直した黒服集団が銃を構えるのを見て、仕方ない、とばかりに勢い良くアクセルを踏み込んだ。
 車体に銃弾が当たる衝撃があったが、特に何の問題もなく、車は物凄いスピードで走る。
「ちょ、ちょっと待てよ! 何なんだお前ら!」
 舌を噛んだため、少し涙目になりながら、俺は抗議した。
 何か刺激のある事件が起きればいいとは思っていたが、拉致されたいとは誰も望んでいない。
 即刻降ろしてくれ、と叫ぼうとしたその時、窓から差し出された何かが俺のこめかみを押さえて、俺は言葉を飲み込むことになった。
 思わず固まった身体を何とか動かして見ると、さきほど屋根の上にいた少女が車の側面に取り付いて、窓から銃を握った手を差し込んでいた。
 銃口が、俺のこめかみを押している。
「どいて」
 乗り込めないから席を開けてくれ、と言っているらしい。
 急発進した車にどうやって取り付いたんだ、とかそういう疑問はあったが、とにかくその少女が放つ気配に圧倒されて、素直に席を詰めた。
 開いた空間にその少女が座り、俺は後部座席の中で、ぶつかった美少女と乗り込んできた少女に挟まれて身動きが取れなくなる。
 混乱する俺に対し、運転席の男が同情しているかのような声をかけてきた。
「とりあえず、今は大人しくしていてください。アジトについたらご説明しますよ。申し訳ありませんが、追われているので途中で降ろすことは出来ません」
 否定権などなく、流されるまま俺はそいつの言うアジトに連れて行かれた。


―――そして、非日常が始まった。










2に続く
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