同年代の女の子と、密室で個人授業――。
なんの十八禁ゲームの設定だ、と突っ込みたくなるようなシチュエーション。
現在俺はそんな状況にいるわけだが、この場所はそんな桃色の妄想が漂う空間ではあり得ない。
――代わりに漂っているのは、硝煙の臭いだった。
連続で銃声が響く。
マガジンの中の銃弾が尽きるのと同時に、素早くマガジンを外して新しいマガジンを入れる――これを流れるように行えれば格好良いんだろうけど、まだ色々慣れていない俺はぎこちなくしか出来ない。
やっと入れ終わった俺は、再び的に向けて構える。
「三十五秒」
そこに声がかけられた。
止めていた息を吐いた俺が声がした方を見ると、酷く冷静な、むしろ感情がないとさえ思える無感動な瞳があった。
「まだ遅い。撃ち始めてからマガジンの交換して再照準まで、最低でも二十秒でこなして」
「無茶苦茶言うなよ!」
モデルガンを持っている奴なら、「それくらい出来るんじゃねえ?」とか思うかも知れない。
だけどいま俺が使っているのは玩具じゃないのだ。
まず反動が凄い。
一発撃つごとに手が震えて照準がずれてしまう。
その反動を抑えたとしても、その後遺症で手は痺れる。
そんな状態で素早くマガジンを交換できるか?
なにより本物の銃を撃つという心理的プレッシャー。
まともに出来る方がどうかしている。
そのまともじゃないことを平然とした様子でやってのける存在――長門有希を俺は恨めしい思いで見つめた。
長門が俺に対して射撃練習をさせるべきと提案し、実際に練習を始めてから、早くも三日が経とうとしていた。
いきなり射撃練習に入った訳ではなく、まずは銃の構造と実際に触れて扱い方を学んだ。
例え銃弾が入っていないとわかっていても銃口を覗き込んではいけないのだと長門は何度も繰り返した。
どんな状況でもしないように心掛けておくことで不要な危険を回避できる、とのことだ。
銃の暴発は一番気を付けないといけないらしく、特に俺のような素人上がりは気を付けて気を付けすぎることはないらしい。
そんな注意やらなんやらを受けた後には、銃の解体の仕方や使うのは避ける銃の状態などを教わった。
それから構え方を学んで――ここまでは順調だった。
実に難解で淡々とした説明だったが、一応長門も分かりやすく説明しようとする努力はしてくれていたようで、何とか覚えることは出来た。
つまづいたのはそこからだ。
実際の射撃練習。
もちろん、何であってもそんなすぐに結果が出るもんじゃない。スポーツでもそうだ。
けど、どうも長門にはそれが理解出来ないらしい。
「理論と多少の実践を経験すれば出来るようになるはず」
言うや否や、長門は腰のホルスターから銃を抜き、十メートルほど離れた的に向かって乱射した。いや、乱射という言い方は正しくない。
それはいうなれば『点射』とでも言うような正確な射撃だった。
銃声が十回ほど聞こえたのに対して、的に穴が開いた音がしたのは一回。
これは十発中九発を外した――なんて間抜けな話ではもちろんなく、長門は一発目で開けた穴に残りの九発を全て通したのだ。
わずか数ミリの誤差もない射撃。
しかもそれは僅か数秒の間に放たれた。銃声がほとんど連続して聞こえたくらいだ。
マガジンが切れるや否や、長門はマガジンを外し、その落としたマガジンが地面に落ちる前に新しいマガジンを差し込む。
落下途中のマガジンをキャッチして、それをポケットの中に収納。
最後に銃弾を装填して、構える――。
五秒もかからない早業だった。
「このように慣れれば早く出来るはず」
「無理だ!!」
断言する。
ハルヒや古泉だって、ここまで常識外れじゃない。
「そんな機械みたいな動きが出来るか!! お前じゃあるまいし!!」
思わずそう言ってしまってから、俺は口に手を当てた。
口をついて出てしまったが、これでは長門のことを機械と言っているのと同じじゃないか。
しかし、腹が立っていたこともあり、素直に謝ることができない。
内心で葛藤していると、長門はなぜか納得した様子で頷いた。
「そうかもしれない。わたしの基準をあなたに当てはまるのは不適だった」
そう言って頭まで下げてくる。さすがに俺は気まずくなった。
「ちょ、待て、長門。いやあの俺が、悪かった。機械みたいって言ったのは別にお前が――」
弁明しようとした俺に対し、長門はその黒曜石のような瞳に不思議そうな光を浮かべていた。
「なぜあなたが謝罪するのかがわからない」
「いや、だってさ……」
いくらなんでも機械みたい、はないだろ。
俺はそう思っていたが、長門は耳を疑うようなことを言い出した。
「わたしが機械のようだと言うあなたの認識は正しい」
「は?」
長門はいつもと同じ、淡々とした声音で、とんでもないことを言い出した。
「『装置』を守るために【機関】によって造られた対敵対者殲滅用人型戦闘生命体」
舌を噛みそうな長い名前を一息で言い切った。
そして、茫然とする俺に自分を示す。
相変わらず、機械のように平坦な声で。
「――それが、わたし」
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