突然長門から語られた長門の正体――。
敵のはずの『機関』に作られた対敵対者用……なんだって?
俺は訳がわからず、何も言えずにその場に立ち尽くした。
「わたしは三年前、機関によって製造され、戦闘兵として『装置』の護衛任務についていた」
「…………」
「護衛、といってもわたしは直接『装置』を見たことがない。わたしが行っていた任務は間接的護衛」
「…………」
「『装置』を狙う敵対者を排除することによって、結果的に『装置』を守る役割。それがわたしの存在意義だった」
「…………」
「疑問に思ったことはなかった。命じられるまま、わたしは敵対者を排除し続けた。しかし」
「…………」
「ある時、涼宮ハルヒと相対した際、わたしは思考にノイズが走るのを感じた。原因は不明。戦闘不能状態となったわたしは、涼宮ハルヒによって捕虜として鹵獲された」
「…………」
「次に目覚めた時、わたしはなぜ機関に従っていたのかわからなくなった。自由意思を得た、ということ。それからは涼宮ハルヒに従っている。『機関』よりもここが居心地のいい場所だと感じたから」
「…………」
「それがわたしがここにいる理由」
「待ってくれ」
話は終わり、というような話の流れになったため、俺は慌てて声を上げた。
「正直に言おう。さっぱり訳がわからない」
どこが? と言われると困るのだが、そりゃもう色んなところが。
製造されたって言っても、機械のようには見えないとことか。
なんでハルヒと相対して戦闘不能になるんだ、とか。
それに自由意思を得たって、何で急に。
訳がわからない話にもほどがある。
長門は相変わらず淡々とした調子で答えた。
「わたしにも訳がわかっているわけではない」
「……じゃあ、わかりやすいところから聞くけど、製造されたって言ったよな? つーことは、お前は……ロボットなのか?」
「肉体的には人間と変わらない。ただし、各部が強化されているため、通常の人間よりも遥かに高い運動性能を持つ。その運動能力を持つ個体を、機関では『戦闘人形』、あるいは『機械兵士』と呼んでいた」
その言い方に引っかかるものを感じる。
「……ん? 待て、その運動能力を持つ個体ってことは……お前みたいなやつが他にもいるのか?」
「パーソナルネーム『朝倉涼子』、同じく『喜緑江美里』」
まじでいるのかよ……そんな奴らと戦うはめになるのはごめんだぜ。
実際、長門を敵に回すようなものだ、と考えると空恐ろしいものを感じる。
「大丈夫。彼女たちが現れたら、わたしが相手をする」
まあ、長門レベルの戦いには長門にしか相手にできないだろうけど……。
じゃあ次だ。
「自由意思を得たってどういうことだ? それまでは何で機関に従っていたって言ってもいいけど……」
「それはわからない。気づいたら自由に動けるようになっていた。機関に従っていた時の記憶は曖昧で説明できない」
……またこのパターンか。
ハルヒが機関に喧嘩を売り始めたときもそうだったが、どうにもご都合主義というか……いや、ここまで来るとご都合主義というより、何か薄気味悪いな。
それこそ神様みたいな存在に糸で操られているような……そんな嫌な感じを受ける。
だが、まあわからないのなら仕方ない。
ひょっとしたら機関の罠かとも思ったが、いままで泳がせる理由もないハズだ。
元は敵側にいた長門を信用していいかどうか微妙だが、ハルヒ達も疑っていないようだし、信じるしかないな。
「これ以上質問がなければ、訓練を再開したい」
「……ああ、わかったよ」
「ふーん。有希ったらあんたにそんな話をしたわけ?」
訓練が終了した後、長門と別れて廊下を歩いていたら偶然ハルヒと出会ったので先ほど聞いた話のことを話してみた。
ハルヒは長門がそんな話を俺にしたことが意外だったようだ。
「みくるちゃんや古泉くんを入れた時はわたしから話すまで何も言わなかったのに……」
「SOS団に入ったのは長門が最初だったのか?」
「ええ。有希、みくるちゃん、古泉くん、あんたの順番ね。有希がいなかったらSOS団はそもそも成り立ってなかったかもしれないわ。有希には結構助けられてるし」
SOS団の成立に長門が重要な位置を占めている……か。
考え込む俺の顔を、ハルヒがのぞき込んできた。
思わず俺はのけぞった。
「な、なんだよ?」
「んー…………有希が自分から話すなんて、なんか妙だし……無理に聞き出したんじゃないんでしょうね?」
そんなことするか。
大体俺はあいつが結構怖いんだからな。無理やりなんてできる訳がないだろう。
「そりゃそうよね。ヘタれのあんたにそんなこと出来るわけないか」
酷い言い様だ……確かにお前たちに比べたらヘタれかもしれないが、一般人とお前たちを一緒にするな。
「ところで、ちゃんと訓練は出来てる? 出発はあと四日後よ。古泉くんと調べた結果、何かがあるってことがわかったわ。『装置』の可能性も高い……厳しい戦いになると思うわ」
「ああ、何とか形にはなってると思う。俺も死にたくないからな、できる限り頑張るよ」
「その調子よ。まあ、有希が教えてるんだから問題はないでしょうけど」
やっぱり最古参の団員だけあってハルヒの信頼も厚いようだ。
あいつが教えるのが上手いかどうかは微妙だけどな。
でも確かに……撃つ練習は積んでるから、腕前は上がっているが。
その時、ハルヒが俺の腰辺りにホルスターがついているのに気づいた。
「あれ? あんた銃を持ち歩いているの?」
「ん? ああ、万が一襲撃があった時とかのためとか、あと、銃を持ち歩くことに慣れておいた方がいいってさ」
「それもそうね。でも、暴発とかさせないでよ?」
わかってるよ。その点に関しては長門からも耳にたこができるほど言い聞かされているしな。
「わかっているならよろしい。じゃあ頑張りなさいよ、仮にもSOS団の一員なんだからね!」
お前に無理やり入れられた口だけどな。
ハルヒは言うだけ言うと、どこかに歩き去って行った。
あっちはさっきまで俺がいた鍛錬場の方だな……どうやらハルヒも鍛錬をしに行くようだ。
俺は休憩室を兼ねている最初に連れて行かれた部屋に行くことにした。
部屋には朝比奈さんがいた。
「あ、キョンくん。お疲れさま」
いつものメイドファッションではなく、鶴屋さんが持ってきたウェイトレスの衣装を着ている。
どうも時々はメイドじゃなくてこちらの服を着ろと言われたらしいな。
可愛いSOS団の癒し役は、俺に屈託のない笑顔を向けてくれた。
「お茶でも淹れましょうか? お疲れでしょう?」
「じゃあ、お願いします」
この人は何気にお茶を淹れるのが好きであるらしく、様々な茶葉を管理している。
しかし良くそういう嗜好品を集めることをハルヒが許可したな……と俺が思っていると、その思いが朝比奈さんに伝わったらしい。
少し困ったような笑みで、朝比奈さんは言った。
「不思議だなって思う?」
「え……ええ、まあ……」
伝わってしまった以上、隠しても仕方ない。
本当に不思議なのは朝比奈さんみたいな人がSOS団にいることだが。
「ええと……むしろ朝比奈さんがSOS団に協力していることが不思議ですね。ハルヒに無理やり入れられたんですか?」
思わず話を逸らしたが、最悪の話を振ってしてしまったらしい。
朝比奈さんはものの見事に動きを止め、泣きそうな顔をしたからだ。
やばい。どういう訳なのかさっぱりわからないが、地雷を踏んでしまったようだ。
「すいません。忘れてください!」
これ以上話を続けるのはやばそうだったので俺はそう言ったが、朝比奈さんは首を横に振った。
「いいえ……キョンくんもSOS団の一員だし、知っておいて欲しいことだから……」
そんなめちゃくちゃ泣きそうな顔で言われても……聞くのが怖いんですけど。
しかし朝比奈さんは俺を、まっすぐ見つめた。
小鹿のような瞳に、決意が露わに浮かんでいた。
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