【KATHARSISTEM】
〜カタルシステム〜
11




「お前が……元『機関』の研究員兼戦闘員?」
 いきなり何を言い出すのかと思えば、また突拍子もないことを。
 言った本人は相変わらず表情を変えない。
「はい。そうです」
「じゃあ、元々は長門と一緒で……ハルヒの敵だったってわけか?」
 頷く古泉。
 ……なんだそりゃ。
「あー、なんつーか……お前は何が言いたいんだ?」
「ただ事実を言っただけですよ。皆さんがあなたに自分の事情を話しているのに、僕だけ何も言わないというのも変でしょう」
 変とか、そういう問題じゃなくてな……あーもう、いいよ。
 諦めて溜息を吐いた後で、ふと古泉がこちらを見ていることに気づいた。
 いや、話していたわけだし、こいつが俺を見ていること自体はいい。その『見ている』動作の中に込められた意図に気づいた、というところか。
 俺はもう一度溜息を吐いて、こう言ってやった。
「で? なんで『機関』から抜けてハルヒについたんだ?」
 そう聴いた途端、表情にこそ出さなかったが古泉が嬉しそうな空気を出したのを俺は感じ取った。
 これが漫画なら『パアアア……』とかいう擬音と共に古泉の背後から光が溢れ出す効果が出ていたことだろう。
 それぐらい古泉の態度はわかりやすかった。
 よくわからない、胡散臭い男だと思っていたのが遠い昔のようだな。
 古泉は「訊かれては仕方ありませんね」などと言わなくてもいいことを言っている。
 お前、思いっきり『詳しい事情を訊いてください』ってオーラを出してたじゃねえか……。
「どこから話しましょうか……そうですね、元々僕は長門有希のような戦闘人形の研究を行っていたんです」
 俺は眉を顰めた。
 フルネームで敬称なしだったからだろうか、長門のことをなんつーか、言葉通り人形として捉えている呼び方のような気がしたからだ。
 確かにあいつは戦闘人形で、人間ではない造られた存在なのかもしれない。
 だが、俺にとってはそんなことは関係ない、一人の存在だ。
 そりゃ確かに俺はあいつがちょっと……いや、かなり怖いが、形式名称で呼ぶような呼び方をされると不快感が湧き上がる。
 表情から俺の機嫌の変化を感じ取ったのか、古泉が少し慌てた様子で弁明した。
「すいません。長門さんのことは研究者として知っていた時間が長かったものですから、思わずそのつもりで呼んでしまうんです。涼宮さんにも注意されているんですが…………直らなくて」
「……まあ、いいさ。説明の続きを」
「はい。では……ええと、僕は研究部で戦闘人形の耐久性をアップさせる研究をしていました。戦闘人形は高負荷がかかりやすいものですから、少しでも耐久性を伸ばすことが重要だったんです。その中で、僕は精神的な負荷、つまりはストレスですね。それを軽減させるための研究をしていまして――」
 どうでもいいが、こいつは何歳なんだ?
 同い年くらいだと思っていたんだが……なんか、ずっと年上のような気がしてきた。
「話は少し変わりますが、長門さんは現在実用化されている戦闘人形の中でも、初期の頃に生み出された存在です。ですが、せい……才能は突出していました」
「ほお……」
 一瞬言いよどんだのは、おそらく『性能』といいかけただろう。言う前にちゃんと言い直したからセーフ、ということにしといてやるか。
「そんな彼女でしたが、弱点がありました。それがうまく周りとコミュニケート出来ない、人格的に未成熟な点です」
 ……確かに長門は集団行動出来ないタイプだな。
「同時期に生み出された『朝倉涼子』や『喜緑江美里』などはその点はクリア出来ているんですけどね……ああ、すいません。固有名詞を出してもわかりませんよね」
「いや、さっき長門から聞いた。その二人も長門と同じなんだろ?」
「ええ、そうです。ただし、向こうの方が色んな意味で優れていますけどね……話を戻しましょう。長門さんは人格的に未成熟で、命令に機械的に従う傾向がありました。それは組織としては都合がよいのですが……」
 古泉は説明を続ける。
「ストレスを解消する手段を知らなかったのですね。長門さんはある日突然不調のために動けなくなってしまいました。そこで僕たちのグループに解消方法の研究が求められまして……それで提案したのが、趣味です」
「趣味?」
「ええ。人は仕事とは別に『したいこと』として趣味をするでしょう? そこでストレスを発散させたり、その趣味を突き詰めるために仕事を頑張るようになるわけです。そう言った物を作れば、解消されるのではないかと考えたんですよ。人格的に未成熟な点も解消出来るような趣味にすれば一石二鳥だと考えられました」
 なるほどね……。
「グループ内では『何かを無作為に破壊させることでストレスを発散させてはどうか』というような意見もありましたけど、長期的に安定した成果を期待するなら趣味の方がいいだろう、という結論になりまして。この作戦は成功を収めました。長門さんはいまでも隙あれば本を読んでいますが、元々はストレス解消のために僕たちが薦めたことなんですよ。いまでは本当に趣味になってしまったようですね」
「……この話がお前の離反にどう繋がるんだ?」
「焦らないでください。重要なのはここからです。……こうして成果を挙げた僕たちですが……ある日、長門さんが涼宮さんに連れ去られるという事態が発生しました」
 さっき長門から聞いた話がそれか。
「連れ去られただけなら、まだわかります。しかし数日後、長門さんは『機関』の敵となっていました。そして長門さんは全てを涼宮さんに話したらしく、涼宮さんは戦闘人形などというものを生み出している研究所を破壊することを決定したそうです。……このあたりは僕も後から聞いたことなんですけどね」
「それから?」
「僕は研究所で一番若く、戦闘員としての戦闘経験もあることから、夜間の研究室の見張りをしていました。警備員とはいえなるべくなら部外者を立ち入らせたくない、というのは研究員共通の想いでしたから」
「そこにハルヒたちが来たってわけか」
「ええ。幸運なことに、彼女たちは僕を即座に殺そうとはしませんでした。パスワードを入力しなければ開かない金庫などがあることを警戒してそういう言ったものがあった場合に、困らないように」
「それで生かされたってことか……。しかし、お前良く生きてられたな? 用がすんだあと、殺されなかったのか?」
 あの二人、容赦しなさそうだけど……。
 俺がそう呟くと、古泉はどこか面白そうに笑った。
 なんだ、なに笑ってんだ。気持ち悪い。
「いえ、やはりあなたはまだまだ涼宮さんのことをわかっていないな、と思いまして」
「……そりゃ、出会ってから二週間くらいしか経ってないしな」
 わかるもなにもないだろう。
 憮然とした顔をしていたのか、俺の顔を見た古泉は謝ってきた。
「申し訳ありません。大丈夫ですよ、あなたもすぐわかると思います。涼宮さんは必要以上に人を殺めようとする方ではありませんでしたから、僕も何とか見逃してもらえました。まあ、去る間際には長門さんに殴られて気絶させられましたけど……」
 その時のことを思い出しているのか、古泉は笑いながら後頭部を摩った。
「とにかく、そんなことがあった後、僕は『機関』から離反し、涼宮さんの所に――SOS団に向かったんです」
「は?」
 ちょっと待て。なんか話が飛躍してるぞ。
「さっきのあれで、どうしてハルヒ達のところに行こう、なんて考えになったんだ?」
 襲われて、脅されて、殴られて……散々だったんだろ?
 俺だったら絶対行かないが……そんなことされたら。
「そんなことは小さなことでしたよ。……これを言ったらあなたはきっとあきれ果てるでしょうね」
「……? よくわからんが、とりあえず言ってみろよ」
 とりあえず促した俺に対し、古泉はほんの少し照れ臭そうな様子で、


「僕は涼宮さんに一目惚れしてしまったんですよ」


 と言った。
 …………なんだそりゃ。









12に続く
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