「僕は涼宮さんに一目惚れしてしまったんですよ」 
             
             
 そんなセリフを吐いた古泉を、俺は胡乱げな目で見つめた。 
「……どこにだよ」 
「魅力的な人だと思いますが」 
 確かにみてくれはいいかもしれないが、それにしたって危険すぎるだろ。 
 やってることはめちゃくちゃだしさ。 
「確かに、すこし破天荒なところはありますね」 
「確かに、かなり破天荒なところがあるだろ?」 
 一瞬、俺と古泉の間に沈黙が流れる。 
 なんつーか、俺とこいつの間には微妙な、しかし決定的な認識のずれがあるようだな……。 
 沈黙を破って先に口を開いたのは古泉だった。 
「一目惚れした、と言っても甘い恋愛漫画的な一目惚れではなくてですね……そう、その生き様に感銘を受けた、とでもいいましょうか」 
 わけがわからんぞ。 
「少し話は変わりますが、僕は研究員として機関に所属していましたが、どうにも迷いがあったのです」 
 迷い? 
 どういう意味なのか言葉をオウム返しにして訊き返すと、古泉は軽く頷いた。 
「迷い、です。『僕はこのままこの機関に協力していていいのだろうか?』というような迷いです。僕は……様々な事情から機関で研究員となりましたが、それは状況に流された結果ともいえるもので、正直に言うと不本意なものでした」 
 古泉は少し遠い目をした。 
「だから『機関』に所属していながら、迷いを持っていたんです。このままここにいていいのかどうか、と――。……そんなときに彼女が僕の前に現れました。色々な意味で嵐が巻き起こったようでしたよ」 
 その時のことを思い出したのか、古泉は少し楽しそうに笑った。 
「あっという間に長門さんに組み伏せられた僕の前に仁王立ちになった涼宮さんは、堂々とした態度でこう言ったんです。『あたしの質問に正直に答えなさい! 虚偽や隠匿は許さないからね! そんなことをしたら死刑だから!』、と。……いやあ、あの時の涼宮さんの雄姿を見せて差し上げたいですよ。本当に素晴らしい姿だったのですから」 
 別に見たくないぞ。同じ状況に陥りたくもない。そんな空恐ろしい状況に追い込まれてたまるか。 
 生殺与奪を握られた状態でそんな洒落にならないセリフを聞いてそんな風に思えるとは、古泉もやはりかなりの変人のようだ。 
 どうも古泉はその時のことを思い出して微妙にトリップしているようだったので、仕方なく俺は続きを促した。 
「……で?」 
「あまりに堂々とした宣告でしたから思わず正直に喋ってしまいまして。尋問が済んだあと、長門さんがその重要書類や器具などを破棄している間に少しだけでしたが彼女と話す時間がありまして。その時に訊いたんですよ。『なんでこんな危険な真似をしているのですか?』とね。すると涼宮さんはやはり堂々とした態度で、こう断言したんです」 
 ハルヒのマネだろうか、古泉は口調を変えて言う。 
             
             
            「『あたしはあたしの信じる通りに生きてるのよ』」 
             
             
 なし崩し的に道を選んでいた古泉には、その言葉はとても素晴らしいものに聞こえたのだという。 
「目から鱗ならぬ、耳から耳栓が落ちたという感じでしたね」 
「……微妙に合ってない気がするが」 
 古泉の言葉に思わず突っ込むと、雰囲気で捉えてください、と言われてしまった。 
 いいのかそれで。 
「とにかく、その見事な生き様に惹かれた僕は、機関を抜けてSOS団に入団させてもらえるように頼みに行ったんです。最初のうちは中々信じてもらえませんでしたけどね」 
 それはそうだろうな。 
 素人の俺でも罠か何かだと思う。 
「機関の秘匿事項などを携えていったのが良かったのでしょうね、何とか入団を許可された僕は、その後SOS団に様々な面で貢献することによって何とかある程度の信用を得ることが出来ました」 
 苦労しましたよ、と苦笑いする古泉。 
 まあ……良かったんじゃないのか? 
 古泉がそれを望んでいたというなら、少なくとも巻き込まれて一緒に行動するしかなかった俺や朝比奈さんよりかはマシだろう。 
 少し恨めしく思えるほどだ。 
 俺は溜息を吐き、寄り掛かっていた壁から背を離した。 
「そろそろ俺は休む。だいぶ訓練で疲れたし……」 
 唐突にそう言った俺を、古泉の奴がどう思ったかはわからない。 
 古泉の奴はただいつも通りの読めない笑顔を浮かべて、 
「わかりました。ゆっくり休んでください。僕はもう少しここでのんびりしています」 
 と言うだけだった。 
 俺はその場から離れて、建物の中に入る。 
 廊下を歩いて、自室としてあてがわれた部屋に向かった。ちなみに各自室はなるべく傍に設定されている。襲撃があったときにすぐ協力できるように、だ。どの部屋も静かなところを見ると、誰も自室に戻っていないようだった。 
 それほど広くはないが、過度に狭いわけでもない部屋に入った俺は、ホルスターを腰から外してベッドの傍の机に置いたあと、ベッドの上に寝転がる。 
 射撃訓練による肉体的な疲労も激しかったが、それ以上に色んな話を聞いたことによる疲労が大きい。 
 俺は部屋の天井を見つめながら今日聴いた話を思い出していた。 
 そうしているうちに、ふと気になった。 
 戦闘人形であるという長門。 
 悲劇に巻き込まれた朝比奈さん。 
 己の意思で選んだ古泉。 
 それぞれ違いはあっても、まるでSOS団に入ることが運命だったかのような流れでここに、SOS団に集まった。 
             
             
 じゃあ、俺は? 
             
             
 なんで俺はここにいる? 
 運命といえば運命だったのだろう。 
 もう少し早く、あるいは遅く登校していれば。 
 曲がり角でハルヒとぶつかりさえしなければ。 
 あと少し早くハルヒが去っていれば。 
 ハルヒに車に連れ込まれなければ。 
 俺はここにいなかった。 
 朝比奈さんのようにドラマチックな悲劇(こう表現するのは朝比奈さんに対して残酷だとは思うが)の中で選ばざるを得なかったわけでもなく。 
 意味などほとんどない過程の結果でここにいる。 
 
             
             俺がここにいる理由は――なんだ? 
             
             
             そんな思春期の少年のような――言葉だけを見れば同じだが、ある意味ではそんな例えでは言い表せないほど深刻な――悩みを抱え、俺は暫く部屋の天井を見つめていた。 
 
 
             
             
             
             
 
 
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