その銃口から放たれた弾丸は真っ直ぐ進み――わたしの肩を貫いた。
瞬間、肩から衝撃が一瞬で全身に伝播し、まるでその場所に灼熱の花が咲いたかのような激痛が生じた。血という名の、紅い水滴が床に零れる。撃ち抜かれた肩を、『アンインストールプログラム』が込められた拳銃を持った片手で抑えながら、わたしはふらつく足をなんとか立て直す。
目の前に立つその人物は、意外そうな顔をしてわたしを見ていた。
「あら……悲鳴の一つもあげるかと思ったけど。案外気丈なのね」
わたしが激痛を堪えながら何か言おうとした時、彼女の指先が動いて銃弾が放たれた。銃弾はわたしの顔のすぐ真横を通り過ぎて行く。熱風というのは生温い。超高音で熱せられた刃が顔の横を通ったかと思った。
頬に走った衝撃にわたしが口をつぐむと、彼女は何気ない調子で話し始める。
「あのね、あたし、納得いかないのよ。この世界に」
滔々と。わたしを撃つ理由を。
世界を変えようとする、理由を。
「だってさ、この世界には何もないのよ。当たり前で当たり前の日常しかない。退屈で冗長で下らない日常しか。……聴けば、元々の世界には色んな物があったらしいじゃない? 未来人が現代に来てたらしいし、超能力者がそこかしこにいた。あなたも、宇宙人だったんでしょ? いえ、正確には情報統合思念体とやらに作られたヒューマノイド・インターフェースなんだって? いいわよねぇ。そういう世界。あたしの好みだわ。だから」
彼女の口元が、裂けるように笑う。
「そっちの世界に戻したいのよ」
そのためなら、なんでもするというように。
ただ、ただ邪悪に。
「こんな下らない世界、要らない」
おかしい。
激痛を堪えながら、わたしはそう思った。確かに、彼女はそういった非日常を望んでいた。彼女が言って作ったSOS団だって、建前はそのためのサークルだ。今はただのおしゃべりサークルと化しているけど。
彼女がそういうことを望んでいること自体は何もおかしくない。けれど、そのために躊躇なく人を――それも、知らないでもない間柄のわたしを――撃つだろうか? しかもその直後に、あんな笑顔を浮かべるだろうか?
涼宮ハルヒという人間は、そんなに異常な人間だっただろうか?
何かがおかしい。そもそも、なんで、この世界では一般人に過ぎない彼女が、拳銃なんていう物を持っている?
何かがおかしい、絶対に何かがおかしい。
わたしは涼宮ハルヒに向かって、何か言おうとした。その瞬間、再び放たれた弾丸がわたしの腹部を貫く。
「喋らないで。あと世界の改変まで十二時間……殺すのは止めておいてあげるけど」
ぱんぱんぱん、と銃声が鳴り響く。右手の二の腕辺り、足の膝下、そして左胸。三発の銃弾は容赦なく身体を食い破り、激痛を生じさせる。それ以上その場で堪えることなど、出来なかった。
地面にうつ伏せに倒れたわたしの手にあった拳銃が、涼宮ハルヒの足元に転がる。涼宮ハルヒはそれを拾い上げると近くのゴミ箱に自分の持っていた拳銃と一緒に捨ててしまった。
「さて、と。一応救急車くらいは呼んであげるわね。もう十二時間の間にはどうしようもないでしょうから。たぶん世界が元に戻ったら、このこともなかったことになるはずだし。そしたらまた一緒に遊びに行きましょ。SOS団の団長と団員として」
携帯を取り出しながら、涼宮ハルヒは自然すぎる笑みを浮かべて去っていく。
わたしは自分の身体から流れ出る、徐々に床に広がり始める血に沈みながら、どうしてこうなったのかを考えていた。
三日前、わたしは『わたし』からこのままだとこの世界が消滅することを教えられた。
この世界は一度改変された世界であること、その世界を再び元の姿に戻そうと改変しようとしている者がいること。
再改変者を止め、いまの世界を存続させるには『アンインストールプログラム』を再改変者に撃ち込まなければならないこと。
わたしはこの世界の存続を望み、そのためにこの二日間、奔走した。誰が再改変者かもわからない中、探すのは大変だった。でも、元々わたしは交友関係が広くない。わたしはその中に『再改変者』がいるはずだと当たりを付けていた。
むしろ、ろくな情報も、再改変者を示すレーダーもない以上、その中に『再改変者』がいなければ三日の間に探しだすことは不可能――理論と呼ぶには不格好で、理屈というにはあまりにも乱暴な、いわゆる暴論や屁理屈であることは理解していた。
けれど、その前提で動かなければ、どうにも動けなかったから仕方ない。
結論としてわたしは、涼宮ハルヒが学校にも来ていないという情報を古泉一樹から得て、彼女を探した。意外なことに西高にいた彼女を問い詰めようとしたところ、いきなり彼女が拳銃を取り出して、撃たれた。
世界のことを知った涼宮ハルヒが変貌した……というには、やはりどこかおかしい気がする。
……もしかして。
不意に、名前を呼ばれた。
ほとんど動かない視界の中に、誰かの足が映り込む。
ほとんど感覚のない身体がその誰かによって助け起こされたような気がした。
至近距離から何か呼びかけられているのに、声が遠い。
霞む視界に、彼の顔が入ってきた。
ああ、彼が泣きそうな顔をしている。
大丈夫、と言いたいのに、声が出ない。
手を動かしたいのに、動かない。
わたしの意識は――そこで途切れた。
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